我に返ったケンは、慌てて身支度を済ませると足早に階段を下りて行った。
安全ヘルメットや着替えの入ったリュックサックを背負って、ケンが向こうから歩いてくる姿が、視界の隅に見えた。彼女は、何となく目を合わせるのが照れ臭かった。だから、わざと遠くに見える巨大なクレーンを眺めて、気づかないふりを続けた。
やがて、ケンが手を振りながら大きな声で言った。
「舞ぃ~、寒いは大丈夫ぅ?」
やれやれ。周囲の目を気にしないアメリカ人の言動にはいつだって戸惑ってしまう。わたしには、同じ調子で返事をすることは多分、一生無理かな。
そんな風に思いながら井口舞子は、はにかみ気味の表情でケンに応えた。