床の至る所に新聞や古雑誌が乱雑に散らばっていた。テーブルの上の灰皿は吸い殻が山盛りである。海兵隊時代は健康に気を使い、周りのみんなにもしきりに禁煙を勧めていたのに。灰皿のとなりには飲みかけのバーボンの瓶が転がっている。タバコのヤニで汚れたブラウン管テレビは、幼児向けアニメを映し出しているが、きっと見るつもりもなく一日中点けっぱなしなのだろう。
そんな酷い状態の部屋の中でもケンが一番気になったのは、かつて部屋のあちこちに飾られていたケイトとボブの写真が、今はどこにも見当たらない事実だった。なんとも居心地が悪く、そもそもボブを訪ねた理由さえ忘れてしまいそうだった。
「飲むだろ?」
洗ってない皿が積み重なったシンクから、ボブが薄汚れたグラスを持ってきた。
「バーボンしかないんだ。あいにくこの体だろ?小便するにも一苦労だからビールなんて飲んでられねぇんだよ」
ボブは豪快に笑ったが、その笑いには自暴自棄な響きがあった。
テーブルにこぼれるのも気にせず、乱暴にバーボンを注いでグラスを満たし、ケンに取るよう促した。
ボブはまだ半分ほど残っているボトルを掲げると、大きな声で言った
「戦友に!」
ケンも応えるようにグラスを掲げて言った。
「戦友に」
「倒れていった仲間たちに!」
「倒れていった仲間たちに」
「お前の兄貴で、俺の最高の相棒だったリックに」
「リックに・・・」
ボブはボトルを一気に煽った。ケンもやけくそ気味になって、一気にグラスを飲み干した。喉から胸にかけて焼けるような感覚が走り、思わず咽返った。
「いい飲みっぷりだな、坊や」
膝の上に行儀よく座って、ケンのことをいぶかし気に見つめる小犬を優しく撫でながらボブは言った。
大量のアルコールを伴う乾杯を経てもなお、ぎこちない会話がしばらく続いた。
やがて、酩酊感の助けを借りながら、ケンは思い切って聞いてみた。
「ケイトはどうしてる?」
「ああ、元気だよ。こんなになっちまった俺のために毎日、働きに出ている」
てっきり、離婚したのではないかと想像していたケンは、それを聞いて胸を撫でおろした。
「そうか、それなら良かった。なにせあんたの自慢の女房だもんな、彼女は」
「ああ、俺にはもったいない女さ」
その声は再び自虐の色を帯び始めた。
「あんないい女を、俺なんかが独り占めするのは良くないってのは分かってる。だからあいつが浮気に精を出してることも気にしちゃいない」
自分が予想だにしなかった最悪の状況にボブがあることを知って、ケンは血の気が引いていくのを感じた。今さっき飲んだウィスキーを戻しそうな気分だ。
「今頃、どっかのモーテルで、俺の知らない男のイチモツを咥えこんでるだろうよ。だが、まぁ、役立たずになっちまったこの俺じゃ、あいつに女の悦びってやつを教えられないからな」
「・・・マジなのか、ボブ」
「ああ、大マジさ。最近じゃケイトも、俺に隠そうとさえしなくなったよ」
ボブの顔には、諦念めいた表情が浮かんでいた。
ケンは、なんと言葉をかけて良いのか分らず、手に持った空のグラスに視線を落としていた。
「だが、俺たちは別れない。あいつも俺を必要としてるんだ」
「そ、そうだよな。あんたほどの男はいない。ケイトも早く目を覚まして・・・」
そんな酷い状態の部屋の中でもケンが一番気になったのは、かつて部屋のあちこちに飾られていたケイトとボブの写真が、今はどこにも見当たらない事実だった。なんとも居心地が悪く、そもそもボブを訪ねた理由さえ忘れてしまいそうだった。
「飲むだろ?」
洗ってない皿が積み重なったシンクから、ボブが薄汚れたグラスを持ってきた。
「バーボンしかないんだ。あいにくこの体だろ?小便するにも一苦労だからビールなんて飲んでられねぇんだよ」
ボブは豪快に笑ったが、その笑いには自暴自棄な響きがあった。
テーブルにこぼれるのも気にせず、乱暴にバーボンを注いでグラスを満たし、ケンに取るよう促した。
ボブはまだ半分ほど残っているボトルを掲げると、大きな声で言った
「戦友に!」
ケンも応えるようにグラスを掲げて言った。
「戦友に」
「倒れていった仲間たちに!」
「倒れていった仲間たちに」
「お前の兄貴で、俺の最高の相棒だったリックに」
「リックに・・・」
ボブはボトルを一気に煽った。ケンもやけくそ気味になって、一気にグラスを飲み干した。喉から胸にかけて焼けるような感覚が走り、思わず咽返った。
「いい飲みっぷりだな、坊や」
膝の上に行儀よく座って、ケンのことをいぶかし気に見つめる小犬を優しく撫でながらボブは言った。
大量のアルコールを伴う乾杯を経てもなお、ぎこちない会話がしばらく続いた。
やがて、酩酊感の助けを借りながら、ケンは思い切って聞いてみた。
「ケイトはどうしてる?」
「ああ、元気だよ。こんなになっちまった俺のために毎日、働きに出ている」
てっきり、離婚したのではないかと想像していたケンは、それを聞いて胸を撫でおろした。
「そうか、それなら良かった。なにせあんたの自慢の女房だもんな、彼女は」
「ああ、俺にはもったいない女さ」
その声は再び自虐の色を帯び始めた。
「あんないい女を、俺なんかが独り占めするのは良くないってのは分かってる。だからあいつが浮気に精を出してることも気にしちゃいない」
自分が予想だにしなかった最悪の状況にボブがあることを知って、ケンは血の気が引いていくのを感じた。今さっき飲んだウィスキーを戻しそうな気分だ。
「今頃、どっかのモーテルで、俺の知らない男のイチモツを咥えこんでるだろうよ。だが、まぁ、役立たずになっちまったこの俺じゃ、あいつに女の悦びってやつを教えられないからな」
「・・・マジなのか、ボブ」
「ああ、大マジさ。最近じゃケイトも、俺に隠そうとさえしなくなったよ」
ボブの顔には、諦念めいた表情が浮かんでいた。
ケンは、なんと言葉をかけて良いのか分らず、手に持った空のグラスに視線を落としていた。
「だが、俺たちは別れない。あいつも俺を必要としてるんだ」
「そ、そうだよな。あんたほどの男はいない。ケイトも早く目を覚まして・・・」