いよいよ宴が盛り上がる中、リックがおもむろに立ち上がった。
「さぁ、みんな静かにしてくれ。今宵、最大の出し物の始まりだ」
そう言うと、贈答用に包装されたきれいな包みを取り出した。
「ケン、こいつはな、ここにいる全員からお前へのプレゼントだ。開けてみろ」
予想外の贈物に驚き戸惑うケンを、ボブが促した。
「さぁ、俺たちの気が変わって取り上げられる前に、とっとと開けやがれ」
ケンは慌てて包みを破ると、小さな箱を取り出してふたを開けた。
中には、ベルベット地の上にカランビットナイフが収まっていた。チタンプレートから削り出されたナイフの曲線は、滑らかで美しいが、同時に獰猛な攻撃性を感じさせる。滑り止めのパラコードが巻かれたハンドルの柄尻は、カランビット特有の指を通すリングになっている。使用目的を極めた果てに生み出された質実剛健なデザインだ。
ケンは意外なプレゼントに言葉を失った。だってナイフ格闘術に取り組んでいるってのは、俺とボブだけの秘密じゃなかったのか?
ボブに目をやると「俺は知らんよ」とばかりに、とぼけた身振りでおどけている。
周りを見渡すとリックをはじめ、全員が笑顔で次の展開を待つように見守っている。
ケンはようやく立ち上がると、自分の気持ちをなんとか言葉にしようと奮闘した。
「いやぁ、みんな・・・その・・・驚いてる。というか、もちろん嬉しいよ・・・最高に」
「なんだよ、煮え切らねぇな。俺が頂いちまうぞ」
ボブが言った。
「すまん、とにかくみんな、最高だ!俺は幸せ者だ、ありがとう!」
リックが拍手をした。
他の仲間たちも続いて拍手を送った。
ケンは、込み上げる感情を必死で抑え込もうとしたが無駄だった。

このナイフの贈り主たちは、地球上でも最高の男たちだった。まさにかけがえのないベストな連中だった。そして彼らはもういない。
月明かりが射し込む部屋の中、人差し指をナイフの柄尻のリングに通して立ち上がると、静かに呼吸を繰り返して、体から余分な力を抜いた。
ボクサーのファイティングポーズに似た姿勢から、パンチを繰り出すように、トゥワンコ師から学んだ動作をゆっくりと始めるケン。
喉、胸、脇腹、肘、腹、下腹部。上から順番に、対峙した仮想敵の狙うべき部位に正確にナイフを入れてゆくナイフ術のシャドーボクシング。
動作の間に、人差し指を軸にナイフをフリップさせるカランビット特有の動きを組み込みながら、徐々にスピードを上げてゆく・・・。

ダウンタウンの道場で、トゥワンコ師から手ほどきを受けた初日。
肉眼では捉え切れないスピードで、ナイフを縦横無尽に操る練習生らの技に、ケンは圧倒された。同時に、俺はもっと早くやってみせると内心息巻いてもいた。
だがそんなケンに、トゥワンコ師は可能な限りゆっくりと動作を行うよう指示した。本来なら五秒とかからないコンビネーションを五分かけて行えと言う。
極端にゆっくりとした動きは、ケンに大きなストレスを与えた。ゆっくり動くことが、どうしてこんなに辛いのだろうか。
ケンは、自分が初心者であることを自覚していたので、しばらくは我慢して大人しく指示に従っていた。だがその周りでは、練習生が稲妻のようなスピードでナイフを振り回している。ケンは辛抱堪らずトゥワンコ師に言った。
「先生、こんなにスローな動きじゃ、とてもじゃないけど相手を倒せやしないのでは?」