ケンと井口母娘、三人が食卓を囲む井口家の夕飯。
テーブルの上では、ハンバーグが空腹感をそそる美味そうな匂いを漂わせている。このハンバーグは、舞子が仕込みから行った手作りだった。肉の食感を楽しめるよう、粗挽きの肉を使用しつなぎは控えめ。塩コショウとガーリックパウダーで下味をつけ、強火で表面に旨そうな焦げ目をつけた。
ハンバーグにかかるケチャップベースのソースも自家製だが、お肉本来の味を邪魔しないよう、こちらも控えめな量にしてある。
昼間のうちに下ごしらえを終え、ケンがシャワーから出たら、ちょうど熱々を食べられるよう、舞子は調理のタイミングに気を使った。
「ケンさん、これ舞子の手作り。あなたに食べて欲しいって」
悦子の言葉にケンが反応するより早く、舞子は照れを隠すように言った。
「そんなことはどうでもいいの。美味いか不味いか、それが重要。でしょ?さてさて、熱いうちにいただきまーす」
「はい、じゃ頂きます」
「ハイ、いただきまぁす」
噛みしめた手作りハンバーグからあふれ出す肉汁。ケンはほんの一瞬、全てを忘れて幸福感に浸った。このハンバーグの味が、自分を捕らえて離さない過去から、魔法のように解き放ってくれるかもしれない。
「おいしいねぇ、舞。料理上手ね。絵だけじゃないね、上手いの」
アメリカ人らしい率直なリアクションはとても嬉しいけれど、やっぱり照れ臭い。
「当然です」
舞子はそっけなく答えた。その一言に、冗談めかした自画自賛を込めたかった舞子だが、結果的にそれは失敗し、妙に棘のある響きになってしまった。
はぁ、なんで上手くいかないのかなぁ、こうじゃないのに・・・。毎度ながら不器用な自分に舞子はがっかりした。
舞子の魔法のハンバーグ効果も長くは持たなかった。
その夜は早めに布団に入ったケンだったが、何度も寝返りを打ちながら、しっくりとくる体勢を見出そうと努力するうちに二時間が経った。全く眠れる気がしなかった。それは慣れない布団や枕のせいでは決してなかった。
眠るのを諦めたケンは、布団から出るとおもむろに腕立て伏せを始めた。
何回くらい続けただろうか、そのうち限界がきた。
息を切らして仰向けに寝転がると、胸を上下させながら呼吸が整うのを待った。
呼吸が落ち着くと、今度はバッグの中を漁ってナイフを取り出し、それを宝物のように眺めた。天ヶ浜に降り立ったあの夜、駅のホームで二人組を撃退した時に、右手に握られていたカランビットナイフである。
これは実際、ケンにとっては何物にも代えがたい宝物であり、お守りのような存在だった。軽くて錆びにくく、強度もある代わりにめっぽう高価なチタン製ブレードの表面には、フォース・リーコンのモットーであるSwift, Silent, Deadly(すばやく、静かに、徹底的に)の言葉が彫られている。
加工の難しいチタンに文字を入れるには専用の工作機械と職人の技が必要であり、つまりこのナイフが市販の大量流通品ではなくカスタムメイドのオンリーワンであることの証明である。
それは、ケンがフォース・リーコンの隊員として、初となる実戦の偵察任務から帰還した翌日、チームの連中とビールで乾杯している時のことだった。
「うちのルーキーが、無事にやり遂げたことを記念して」
リックが音頭をとった。
「乾杯!」
隣に座るボブ・ワナメイカーがケンの背中を叩き、笑いながら言った。
「坊やもとうとうバージンを捨てちまったな。あとは汚れて堕ちる一方だぜ、なぁ、みんな」
別の隊員が空のジョッキを掲げながら大声で答えた。
「ああ、そうさ。俺たちゃアバズレ、それの何が悪い!さぁ、まだまだこれからだぜ。ビール持ってこいや、おらぁ」
ケンは、こんなにも陽気で頼もしい連中の仲間に加われたことを、心の底から誇りに思った。
テーブルの上では、ハンバーグが空腹感をそそる美味そうな匂いを漂わせている。このハンバーグは、舞子が仕込みから行った手作りだった。肉の食感を楽しめるよう、粗挽きの肉を使用しつなぎは控えめ。塩コショウとガーリックパウダーで下味をつけ、強火で表面に旨そうな焦げ目をつけた。
ハンバーグにかかるケチャップベースのソースも自家製だが、お肉本来の味を邪魔しないよう、こちらも控えめな量にしてある。
昼間のうちに下ごしらえを終え、ケンがシャワーから出たら、ちょうど熱々を食べられるよう、舞子は調理のタイミングに気を使った。
「ケンさん、これ舞子の手作り。あなたに食べて欲しいって」
悦子の言葉にケンが反応するより早く、舞子は照れを隠すように言った。
「そんなことはどうでもいいの。美味いか不味いか、それが重要。でしょ?さてさて、熱いうちにいただきまーす」
「はい、じゃ頂きます」
「ハイ、いただきまぁす」
噛みしめた手作りハンバーグからあふれ出す肉汁。ケンはほんの一瞬、全てを忘れて幸福感に浸った。このハンバーグの味が、自分を捕らえて離さない過去から、魔法のように解き放ってくれるかもしれない。
「おいしいねぇ、舞。料理上手ね。絵だけじゃないね、上手いの」
アメリカ人らしい率直なリアクションはとても嬉しいけれど、やっぱり照れ臭い。
「当然です」
舞子はそっけなく答えた。その一言に、冗談めかした自画自賛を込めたかった舞子だが、結果的にそれは失敗し、妙に棘のある響きになってしまった。
はぁ、なんで上手くいかないのかなぁ、こうじゃないのに・・・。毎度ながら不器用な自分に舞子はがっかりした。
舞子の魔法のハンバーグ効果も長くは持たなかった。
その夜は早めに布団に入ったケンだったが、何度も寝返りを打ちながら、しっくりとくる体勢を見出そうと努力するうちに二時間が経った。全く眠れる気がしなかった。それは慣れない布団や枕のせいでは決してなかった。
眠るのを諦めたケンは、布団から出るとおもむろに腕立て伏せを始めた。
何回くらい続けただろうか、そのうち限界がきた。
息を切らして仰向けに寝転がると、胸を上下させながら呼吸が整うのを待った。
呼吸が落ち着くと、今度はバッグの中を漁ってナイフを取り出し、それを宝物のように眺めた。天ヶ浜に降り立ったあの夜、駅のホームで二人組を撃退した時に、右手に握られていたカランビットナイフである。
これは実際、ケンにとっては何物にも代えがたい宝物であり、お守りのような存在だった。軽くて錆びにくく、強度もある代わりにめっぽう高価なチタン製ブレードの表面には、フォース・リーコンのモットーであるSwift, Silent, Deadly(すばやく、静かに、徹底的に)の言葉が彫られている。
加工の難しいチタンに文字を入れるには専用の工作機械と職人の技が必要であり、つまりこのナイフが市販の大量流通品ではなくカスタムメイドのオンリーワンであることの証明である。
それは、ケンがフォース・リーコンの隊員として、初となる実戦の偵察任務から帰還した翌日、チームの連中とビールで乾杯している時のことだった。
「うちのルーキーが、無事にやり遂げたことを記念して」
リックが音頭をとった。
「乾杯!」
隣に座るボブ・ワナメイカーがケンの背中を叩き、笑いながら言った。
「坊やもとうとうバージンを捨てちまったな。あとは汚れて堕ちる一方だぜ、なぁ、みんな」
別の隊員が空のジョッキを掲げながら大声で答えた。
「ああ、そうさ。俺たちゃアバズレ、それの何が悪い!さぁ、まだまだこれからだぜ。ビール持ってこいや、おらぁ」
ケンは、こんなにも陽気で頼もしい連中の仲間に加われたことを、心の底から誇りに思った。