究極の試練であるレンジャー課程を、互いに叱咤激励しながら乗り越えた隊員同士の信頼感は、一般人には理解できないほどに深まる。それは死線を潜り抜けたもの同士のみが築くことを許される絆である。彼らは躊躇することなく、レンジャー仲間になら自分の命を預けられると断言するのだった。
これまで知ることのなかったそんな世界に足を踏み入れた妹尾は、目指すべき最高峰が近づいてきたのを感じた。俺はとうとうここまできた。そしてこの高みから、かつてない景色を見ている。
この訓練で培った強靭な肉体と精神は、レンジャー徽章のダイヤモンドのように強固で、けっして砕けることはないだろう。妹尾はそんな自己肯定感を満喫した。

晴れてレンジャー有資格者となった後も、厳しい訓練に明け暮れる習志野駐屯地での日常は、当たり前のように続いていく。
レンジャー課程の帰還式における主任教官の「今日からが本当のスタートである。胸のレンジャー徽章を輝かせるのも、曇らせるのも君たち次第。より鍛錬に励むよう期待する」という言葉を胸に、妹尾も毎日訓練に汗を流していた。
そんなある日、妹尾は栗岩から娘の徳子を紹介された。この春、大学を卒業し会社員になったばかりの徳子と妹尾は、初対面の時こそお互いに緊張しまくってぎこちない会話に終始したが、年齢が近いこともあって、その後デートを重ねるにつれて徐々に打ち解けていった。
あるデートの時―それは結果的に二人にとって最後のデートになったのだが―、居酒屋で酒を飲みながら妹尾は、いつでも真剣に話を聞いてくれる徳子に語った。
「富士の演習地は広いって言うけど、あれでも全然十分じゃないんだ。あと自衛隊は装備がダメだね。貧弱すぎる。米軍みたいに最新鋭の武器を使って広大な敷地で訓練できたら、自分たち空挺団は連中なんかよりずっと強くなれるんだけどね・・・」
普段は聞き役に徹して、慰めを含んだ相槌を打ってくれる徳子だが、この時は珍しく違った。
「妹尾くん。私、よく自衛隊のこととか分からないんだけど・・・日本は憲法で軍隊を持てないのよね?」
「ああ、憲法九条で戦力の保持、武力行使は禁止されているね」
「でも妹尾くんは、毎日毎日必死にがんばって、戦争に勝つための練習をしてるんでしょ?」
「それは憲法十三条で、国が国民の安全を謳ってるから。万が一、敵国が日本に上陸してきた時には、自分らがみんなを守るんだよ」
「万が一の備えってことなのね」
「そうだね、だから自衛隊は軍隊ではないんだ。敵の武力から自らを守るための武力ってところかな」
「でも、何となく思うんだけど・・・いつ起こるとも分からない、起こらないかも知れないことに対する保険のために、そんなに広い演習地や強力な武器って必要なのかしら」
徳子には一切そんなつもりはなかったが、その言葉に批判めいた意見を感じ取った妹尾はすかさず言い返した。
「君、自衛官の娘とは思えないこと言うね」
妹尾のきつい口調に、徳子は慌てた。
「ごめんね、批判してるんじゃ・・・」
徳子の言葉尻に被せるように、妹尾は言い放った。
「いや、君は何も分かってないよ」
「・・・・・・」
「自分ら自衛隊がいなければどんなに悲惨なことになるかを考えたことがあるかい?」
黙ったままうつむく徳子を見て、妹尾はイラつきながら続けた。
「ソ連や中国が上陸して武力攻撃をしかけてきた時に、自分らが戦わなければね、日本なんて一日と持たずに征服されるのが現実なんだよ」
「そうだよね、ごめんなさい。私、何も分ってなかった」