当初二十八名いたレンジャー学生で、最終想定任務まで残ったのは、妹尾を含む十二名だった。地獄の試練を耐え抜いた男たちが、いよいよレンジャー課程の締めくくりとして、敵地に掛かる橋の爆破任務に挑んだ。
不眠不休の二日間に渡る行軍を経て、敵地に想定されたエリアに潜入した彼らは、体力的にも精神的にも限界を超えた状態にありながらも、首尾よく任務を完了した。
だが、脱出後も敵兵に扮した教官らによる潜伏攻撃を受ける可能性があるため、最終目的地となる駐屯地までの百キロを超える道程は一切気が抜けなかった。
三ヵ月のレンジャー課程で隊員は一人の例外もなく、げっそりとやつれ果て別人のような人相になっていた。見た目はまるで屍のようだが、一歩踏み出すごとに全身を襲う激痛が、否が応にも生きていることを思い出させる。
そんな死のロードのさ中、工藤が地べたに四つん這いになって動かなくなった。仲間が叱咤するが立ち上がれない。
それを見た妹尾は、工藤の装備の一部をひったくると自分で担いだ。さらに無理やり立たせた工藤の体を、背嚢越しに後ろから押して歩いた。
死ぬ思いで三ヵ月間を耐え抜いて、ついにゴール目前まで辿り着いた仲間を、もう一人たりと脱落させたくない。
同時に妹尾の中には、サバイバル訓練で工藤に助けられた借りをここでしっかり返さなければ、レンジャー徽章を手に入れた後も自分自身に納得ができないかもしれない。そんな思いもあっての行動だった。
遂に遥か前方に駐屯地が見えてきた。蜃気楼のように揺れて見えるのは極度の疲労からくる視覚障害ゆえか。
これがもし幻だというのなら、自分はここで全てを終わりにしよう。そう心に決めて妹尾はなおも歩き続けた。
ガッツを取り戻した工藤がその横を歩いている。
そして駐屯地に辿り着いた。
幻ではなかったことにほっとする余裕もなかった。
このレンジャー課程の三ヵ月間、妹尾たちレンジャー学生をシゴキ抜いた教官の一人が、駐屯地の正門の前で待っていた。ねぎらいの言葉の代わりに「装備点検をして、しばらくこの場で待機」と命令が下された。
最早、何が起こっているのか理解不能だったが、それもどうでもいい。レンジャー課程を修了することさえ問題ではなくなっていた。とにかく自分は生きて、今ここにいる。その事実だけで妹尾には充分だった。
教官から基地内に入るよう命令があり、門をくぐった時、妹尾たち十二名のレンジャー学生は、目の前に広がる意外な光景に思わず立ち止まった。
大勢の人々が両側に立ち並び、拍手を贈りながら彼らを迎えてくれたのだった。
花道を歩きながら帰還式場に向かうレンジャー学生はみな、肉体はくたくたでも心が精気を取り戻すのを感じた。
そして遂に栄光のレンジャー徽章を手に入れた。
家族がきている隊員も多かった。恋人から花束を受け取っている隊員もいた。妹尾は両親には、自分が自衛隊に入隊したことさえ告げていなかった。レンジャー課程開始前に遺書を出した時に初めて伝えたほどだったので、父も母も当然この場には来ていなかった。
だが、出迎えた群衆の中に栗岩一等陸尉がいた。その姿を見つけた瞬間、この極限状態の三ヵ月間、常に張りつめていた何かが切れた。
妹尾は栗岩の前に立つと敬礼をした。栗岩は満面の笑顔を見せながら妹尾の労をねぎらった。妹尾はがくがくと膝が笑い、腹の底から感情が込み上げてくるのを感じた。そして誰はばかることなく涙を流して泣いた。
周りの隊員たちも皆、それぞれの相手と言葉を交わし、抱擁しながら泣きまくっていた。訓練中は鬼にしか見えなかった教官たちも、そんな光景を見ながら泣いていた。