鳴海とのミーティングを終えた妹尾は、まっすぐ部屋に帰ると知り合いの私立探偵、岡野に電話を入れ、すぐ来るように伝えた。今回のターゲットであるケン・オルブライトの捜索依頼である。
鳴海から聞いた情報、日本海沿いの北の町、天ヶ浜―おそらくターゲットの現在の潜伏地域―のことを伝え、唐島興行から預かった写真を渡して、できるだけ早急に居所を特定したかったのだ。
職種を問わず、フリーランスの者にとっては、人脈こそ仕事上の生命線とも言える非常に大切なものである。それは妹尾のような殺し屋稼業でも同じだ。
ヤクザの鉄砲玉ならともかく、高いクオリティーで依頼主の要望に応える殺しの専門家には、その任務を遂行するにあたって、他の分野に於ける自分と同等の専門家を必要とする場合が多い。
情報屋、車両や武器調達のプロ、偽造の職人等々、妹尾同様に裏街道を生きる連中に、自分が請け負った仕事の一部を依頼するのだ。当然、自分が最終的に手にする報酬額は減るが、そこをケチると思わぬ苦境を招くことがある。
又、逆に彼らを通じて妹尾の元に仕事が舞い込むこともある。フリーランサー同士が時に一つの仕事を分け合い、時にお互いに仕事を回し合う。そんな共生関係を築いているのである。
今回に関しては、すでに十分な情報を手にしている。武器も、個人で所有する小型の拳銃が一つあれば事足りる。必要なのはケン・オルブライトの居所を速やかに確定してくれる私立探偵、岡野の追跡調査能力だった。

雨は随分前に上がっていたが、大気はたっぷりと湿気を帯びている。
小さな倉庫を住居用に改造している妹尾の住処は殺風景だった。生活感のあるものといえば簡易キッチンにユニットバス、トイレ、小型の冷蔵庫、ロフト部に置かれた折り畳み式ベッド、後はほとんど見ないテレビ位で、未だに倉庫として使われていた当時の印象が色濃く残る。
そんな部屋の中で何より異彩を放っているのが、妹尾の仕事道具が保管されている大小二つの耐火金庫である。湿気対策が完璧に施されたこの中には、仕事で使う銃器や弾薬が保管されている。
妹尾は、その職歴から銃火器の取り扱いには精通していたが、今時、殺しに好き好んで銃器を使うプロはほとんどいない。注射一本、薬一滴、すれ違いざまに毒を噴霧するだけで一瞬にして相手を死に至らしめることさえ可能である。
ターゲットが要人となれば、事故に見せかけた暗殺を専門とする特殊なチームも存在し、国益を守るために政治の舞台裏で暗躍している。
そんな時代にあって、それでも妹尾のような昔ながらのガンマンは、必要とされることが少なくない。それは例えば、殺しにメッセージ性を持たせたい場合である。
ヤクザ間の抗争では、片道切符を承知で鉄砲玉になった組員が、敵対組織の組員や親分を殺害するケースが多い。だが一方で、殺しに見せしめ、或いは処刑的意味合いを持たせる場合には、素人による一か八かの特攻精神は通用しない。敵を戦慄せしめるメッセージを込めるには、鮮やかな手際が必要であり、そこで妹尾のような本職の出番となる。
今回に関しても、ターゲット殺害後に証拠としてその写真を撮影することが要求されている。つまり毒殺や交通事故ではなく、あくまで銃による殺害=処刑が必要なのだ。
それは圧力をかけて唐島興行を動かした花山一家からの、他の組に対する警告となる。うちのシマで、勝手なまねをするとどうなるかを知らしめるための、死のメッセージである。