「俺たちに高い技術、戦闘の技術を習得させるために、この国は莫大な防衛費を割いている。その金は国民の税金だ」
「それがどうした」
「国民は、酔っ払いを痛めつけてお前に良い気分を味わわせる為に金を払ってるわけじゃない。俺たち兵士がこの国を守ってくれると信じ、期待しているからこそ金を払い、そのお陰で俺たちは飯も食えるし仕事も得ている」
「・・・・・・」
「国に仕え、国民に仕える尊い仕事だ。彼らの期待を裏切るようなことは、今後絶対にしてくれるなよ」
しばし無言の状態が続いた。ケンが何も言わないのは、言い返す言葉を探していたからではなく、リックの言葉に衝撃を受けたからだった。俺たちが日々、厳しい訓練に明け暮れ技量を上げ、時に命を懸けて戦場に赴くのは国のため、国民のためであるということ。国民の期待に応える存在たれ、などとは考えたこともなかった。
こんな言葉がリック以外の人間の口から出たとしたら、きれい事はやめてくれと鼻で笑ったかも知れない。だがリックは、正にその言葉を体現する男なのだ。素直に受け止めるしかない。
「・・・分った、約束するよ、兄貴」
すっかり消沈したケンは、うつむいたまま回れ右をした。
肩越しに兄の声が聞えてきた。
「さっきは無茶して悪かったな。お前なら俺のパンチなんかへいちゃらだと思ってな」
その声の響きからは、先程までの会話にあった厳しい口調は消えていた。いつものリックの声だった。
振り返りこそしなかったが、ケンは心の底からほっとすると、頷いて部屋を出た。
その後の軍隊生活に於いて、ケンは度々この時のことを思い出しては考えるのだった。この件が無ければ、自分は未だにいきがった勘違い野郎だったに違いない。兄は、厳しい態度を持って俺の間違いを正してくれた。あのハンマーで殴られたようなパンチの重みは、そのまま俺が背負っている海兵隊員という看板の重みなのだ。やはりこの男にはどうしたって叶わない。

「それにしても、あのパンチは・・・殺人的だな」
リックの部屋を出ると、痛む体を引きずりながらケンは独り言をつぶやいた。
「よう、大将!派手にやられたな」
そんなケンに、陽気な調子で声をかけてきた男がいた。フォース・リーコンの同じチームに所属するロバート(ボブ)・ワナメイカー一等軍曹だった。
叩き上げのベテラン海兵で歳はケンよりも一回り上。テキサス生まれのテキサス育ち。どんな苦境の中にあってもジョークを忘れないタフガイで、その陽気な性格からチームのムードメーカー的役割を担っている。少々強引で荒っぽいところもあるが、決して敵に回したくない男であり、つまり味方ならばこれ程頼りになる男もいない。
鼻の下にたくわえた髭の手入れに余念がない洒落者で、昨年若いブロンド美人ケイトを女房にしてからは愛妻自慢が甚だしく、一緒に酒でも飲もうものなら小一時間は自慢話に付き合う覚悟が必要である。
「ボブか。見てたのか?」
「ああ、見てたさ。リックの奴も、ありゃちょっと大人げなかったなぁ」
「いや、兄貴は正しいことをしたよ。悪いのは俺だ」
「例の酒場での件だろ?」
「あんたも知ってたのか」
「ああ。チームの全員が知ってるよ。まぁお前の兄貴な、奴は特別だぜ。俺も海兵隊に二十年以上いるが、あんな聖人君子みたいな優等生は見たことないぜ」