リックと同じ部隊、同じチームの一員になってしばらく経ったある時、忘れられない出来事があった。
その夜、非番だったケンは基地を出てバーで酒を飲んでいた。ほろ酔いでカウンターの女の子との他愛ない会話を楽しんだりして良い気分だったが、それも柄の悪い三人組の酔漢が店に入って来るまでのことだった。
この三人組は大声を出しながら他の客をからかったり、女性に執拗に絡んだりしていた。
いよいよ悪行も度を超えて目に余るようになった時、店のバーテンダーが退店するよう申し出た。連中の返事は強烈な右ストレートだった。顔面をまとも殴られ呻くマスターと、短い悲鳴を上げて口を押える女性。店内の客が一斉に沈黙し、場違いなBGMだけが陽気に流れ続けた。
三人組が入店した時から、不愉快な気分とともにその行動を目で追っていたケンは、咄嗟に口を出した。
「酒が不味くなるだろ、生ゴミどもが」
三人組は一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに一人が口笛を鳴らしてはやし立てると、別の一人が続けた。
「なんだとぉ、ヒーロー気取りか?あんちゃん」
どうやら売った喧嘩を買う気らしい。そうこなくては。
アルコールも手伝って、ケンは映画みたいなセリフを口にしていた。
「よし、表に出ろ。まとめて相手になってやる」
日頃の訓練で習得した海兵隊流の近接格闘術がものをいった。自分から仕掛けず、向かってきた相手を捌いてバランスを崩し地面に倒す。仮に本物の戦闘ならば、すかさず銃を抜いてとどめを刺すところだが、もちろん人殺しになる気はないので、顔面を蹴り上げて戦意喪失に追い込んだ。
実際のところ、例え軍隊流格闘術を駆使しようとも、複数の相手が同時に掛かって来たら勝ち目はない。一対一の格闘が一対二となり、しかも異なる方向から同時に攻撃を仕掛けられたら格段に不利になるのは、例えばバッターに対し二人のピッチャーが同時に、しかも前後からボールを投げてくる状況を想像すれば分かるだろう。
この酔漢三人組が同時に向かって来たら、ケンがやられていた可能性の方が大きい。だが幸い連中は素人だった。素人に限ってルール無用の喧嘩に勝手にルールを持ち込んだ挙句、自分を縛る愚行を犯す。そこに木の棒が転がっていたら、それを掴んで振り回せば良いものを、なぜか正々堂々と拳で立ち向かってくるのだ。しかも行儀よく一人ずつ順番にである。
これではケンに勝てるはずがない。そんな訳で、三人組対ケンの戦いは一分とかからずに一方的な展開でケリがついた。
店から飛び出して来たバーテンが礼を述べつつ「今日のお代は結構、後はこちらで処理しておくから面倒になる前に」とケンを帰した。
基地への帰路、すっかり酔いは醒めていたが、ケンはちょっとしたヒーロー気分を満喫していた。自分の活躍に酔っていた。こっちはフォース・リーコンだ、お前らみたいな屑が勝てる相手じゃない。
数日後、リックが声をかけてきた。
「ケン、後でスパーリングをやろう。ジムに来い」
「お、チャンピオン直々の手ほどき?」
ケンは軽口で応えた。
様々なマシーンの並ぶトレーニングルームでは、隊員たちが空き時間を見つけては体を鍛えるのに余念がなかった。
中央にはリングが設置されており、ボクシングは正式な訓練種目ではないものの、闘争心の育成や体力の増強など、様々な面から奨励されていた。
大雑把に階級分けされたトーナメント大会が毎年開かれており、今年はリックがミドル級のチャンピオンの座に就いていた。これまでも何度かリックとスパーリングをやったことがあったが、その実力差は歴然としており、ケンはボクシングでリックを負かそうなどとは一度たりとも思わなかった。
その夜、非番だったケンは基地を出てバーで酒を飲んでいた。ほろ酔いでカウンターの女の子との他愛ない会話を楽しんだりして良い気分だったが、それも柄の悪い三人組の酔漢が店に入って来るまでのことだった。
この三人組は大声を出しながら他の客をからかったり、女性に執拗に絡んだりしていた。
いよいよ悪行も度を超えて目に余るようになった時、店のバーテンダーが退店するよう申し出た。連中の返事は強烈な右ストレートだった。顔面をまとも殴られ呻くマスターと、短い悲鳴を上げて口を押える女性。店内の客が一斉に沈黙し、場違いなBGMだけが陽気に流れ続けた。
三人組が入店した時から、不愉快な気分とともにその行動を目で追っていたケンは、咄嗟に口を出した。
「酒が不味くなるだろ、生ゴミどもが」
三人組は一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに一人が口笛を鳴らしてはやし立てると、別の一人が続けた。
「なんだとぉ、ヒーロー気取りか?あんちゃん」
どうやら売った喧嘩を買う気らしい。そうこなくては。
アルコールも手伝って、ケンは映画みたいなセリフを口にしていた。
「よし、表に出ろ。まとめて相手になってやる」
日頃の訓練で習得した海兵隊流の近接格闘術がものをいった。自分から仕掛けず、向かってきた相手を捌いてバランスを崩し地面に倒す。仮に本物の戦闘ならば、すかさず銃を抜いてとどめを刺すところだが、もちろん人殺しになる気はないので、顔面を蹴り上げて戦意喪失に追い込んだ。
実際のところ、例え軍隊流格闘術を駆使しようとも、複数の相手が同時に掛かって来たら勝ち目はない。一対一の格闘が一対二となり、しかも異なる方向から同時に攻撃を仕掛けられたら格段に不利になるのは、例えばバッターに対し二人のピッチャーが同時に、しかも前後からボールを投げてくる状況を想像すれば分かるだろう。
この酔漢三人組が同時に向かって来たら、ケンがやられていた可能性の方が大きい。だが幸い連中は素人だった。素人に限ってルール無用の喧嘩に勝手にルールを持ち込んだ挙句、自分を縛る愚行を犯す。そこに木の棒が転がっていたら、それを掴んで振り回せば良いものを、なぜか正々堂々と拳で立ち向かってくるのだ。しかも行儀よく一人ずつ順番にである。
これではケンに勝てるはずがない。そんな訳で、三人組対ケンの戦いは一分とかからずに一方的な展開でケリがついた。
店から飛び出して来たバーテンが礼を述べつつ「今日のお代は結構、後はこちらで処理しておくから面倒になる前に」とケンを帰した。
基地への帰路、すっかり酔いは醒めていたが、ケンはちょっとしたヒーロー気分を満喫していた。自分の活躍に酔っていた。こっちはフォース・リーコンだ、お前らみたいな屑が勝てる相手じゃない。
数日後、リックが声をかけてきた。
「ケン、後でスパーリングをやろう。ジムに来い」
「お、チャンピオン直々の手ほどき?」
ケンは軽口で応えた。
様々なマシーンの並ぶトレーニングルームでは、隊員たちが空き時間を見つけては体を鍛えるのに余念がなかった。
中央にはリングが設置されており、ボクシングは正式な訓練種目ではないものの、闘争心の育成や体力の増強など、様々な面から奨励されていた。
大雑把に階級分けされたトーナメント大会が毎年開かれており、今年はリックがミドル級のチャンピオンの座に就いていた。これまでも何度かリックとスパーリングをやったことがあったが、その実力差は歴然としており、ケンはボクシングでリックを負かそうなどとは一度たりとも思わなかった。