シスター・エリスの予想通り、リックはその後、孤児院を出て行くまでの七年間を常にグループの中心にいる人気者として過ごした。リーダーシップを発揮して孤児たちをまとめ上げ、シスター・エリスの苦労を大いに軽減させる優等生だった。
その能力はボーイスカウトでもいかんなく発揮され、年上の少年少女たちを驚かせた。元来体は丈夫で体力もあったが、それでも日々鍛錬を怠ることなく自分を鍛え上げた。
そんなリックを、周りの少年達はいつしかマイティ(強い)のニックネームで呼ぶようになっていた。少女たちは、ほとんど例外なくリックに恋心を抱いた。ケンはそんなリックのことが誇らしかった。そして常に兄のまねをしようと努めた。マイティ・リックの背中を追い続ける日々だった。
十五歳になった頃、リックは早くも将来の進路を決めていた。十八歳になったらここを出て軍隊に入る。それも最強のアメリカ海兵隊だ。日頃のリックの言動を知る誰もが、きっと彼なら立派な軍人になるだろうと確信した。
孤児院を巣立つその日、シスター・エリスも少年たちも、大きなエールと共に彼を送り出した。孤児院に残されたケンは決して寂しくなかった。リックが海兵隊に行くのなら自分の人生も決まりだ。僕も十八歳になったら海兵隊に入る。
そう決心したケンは、その日がくるまでの四年間を、マイティ・リックのように心身を鍛えながら精いっぱいに生きた。
年に一、二回、リックは自分を育ててくれたこの孤児院に顔を出した。その度に精悍さを増し、軍人らしい逞しさを身にまとって変貌してゆく兄を見て、ケンは焦りを感じた。兄貴は自分よりも遥か先を走っている。このまま差が開いたら追い付けなくなってしまう。早くここを出て自分も海兵隊に入りたい。
そんなケンに対して、リックは諭すように言った。
「いいかケン。銃を撃つだけが海兵隊じゃないぞ。ここで学んだことは必ず軍隊で役に立つ。朝起きて自分のベッドを皺ひとつない状態に整える。そんな当たり前のことをしっかりとやれよ。お前が来るのを待ってるからな」
兄の言葉を励みに残りの日々を過ごしたケンは、十八歳になると約束通り兄の後を追って海兵隊に入隊した。その頃には、ケンにとってリックは憧れのヒーローであると同時に、負けたくないライバルのような存在になっていた。
ケン・オルブライトが十八歳で海兵隊に入隊した時、四年早く海兵隊員になっていた兄リックは海兵隊の中でも、数々の紛争地に真っ先に投入され、輝かしい実績を残す精鋭中の精鋭、武装偵察部隊(フォース・リーコン)の隊員になっていた。
第二次世界大戦時に前身となる部隊が創設され、朝鮮戦争の経験を基に一九五七年に正式発足したフォース・リーコンは、その後もベトナム戦争、パナマ侵攻、湾岸戦争など、米軍が関わるあらゆる戦いに尖兵として投入されてきた。
戦争の初期段階で敵地深くに長期間潜入し、その後上陸する本部隊のために情報収集を行うフォース・リーコンは、長距離偵察を得意とする斥候部隊である。一方で戦闘能力に於いても抜きん出た実力を有し、いざとなれば圧倒的な打撃力で敵を討ち、戦闘機、爆撃機による空爆や艦砲射撃の使用権さえも有する。
当然ながら隊員個々人の練度、士気は共にずば抜けて高く、偵察・監視任務をはじめ、射撃、格闘、空挺降下、爆発物取り扱いに長けたスーパーソルジャーである。近頃では市街地戦におけるCQB(近接戦闘)の訓練にも力を注いでおり、家屋など狭い空間での索敵及び戦闘にも対応。部隊の能力はますます万能化している。