売店に立ち寄ると、母は二人におもちゃのピストルを買ってくれた。息子たちが、テレビの再放送で見た古い西部劇の主人公が、拳銃をくるくる回しながらホルスターに収める仕草に憧れているのを知っていたのだ。
陽も暮れてイルミネーションが点灯すると、闇に浮かぶ遊園地は現実離れした美しさに輝いた。ガンスピンの練習に夢中になる幼い息子たちを見つめる母の目は涙で濡れていた。
母はしゃがみ込むとリックの目を見て言った。
「リック、あなたはお兄ちゃんなんだから、ケンを助けてあげてね」
そして二人の息子を両腕に抱き、たっぷり一分以上抱擁すると「ここで待ってなさい」と言い残して人ごみの中に消えた。
リックとケンは閉園時間になるまで、その場でずっと待ち続けたが、母が戻って来ることはなかった。

オルブライト兄弟がミネソタの孤児院に入所したその時、リックは十一歳、ケンは七歳だった。
ケンは自身の境遇を理解するには幼過ぎたが、リックは健気にも、自分達を捨てた母親の無責任な言葉を守ると誓った。その時以来、リックは人前で涙を見せることは決してなかった。
孤児院に入所した翌日、ケンは早速、同室の少年たちによるいじめの対象になった。下は五歳から上は一八歳まで四十人ほどの少年・少女が在籍するそこは、男女それぞれが年齢の近い子供達ごとにグループ分けされ、六~七人に一部屋が割り振られていた。
四歳違いのリックとケンは別々の部屋で寝起きしていた。その為、弟が新人いびりの対象になっていることにリックはしばらく気がつかなかった。
ある夜、消灯時間を過ぎてみんなが寝静まった頃、ケンが泣きながらリックの部屋にやって来た。訳を聞いたリックはケンに言った。
「いいかいケン。俺はお前をいじめている奴らより年上だし力も強い。そんな俺が仕返しをする訳にはいかない。たとえ弟のためでもね。だから自分でやるんだ、いいね。自分の力でやり返して思い知らせてやるのさ。大丈夫。お前はあんな奴らには負けないさ。俺の弟なんだから」
兄の言葉は期待していたものではなかったが、それでもケンはすっかり勇気と自信を取り戻した。
翌日、例によって嫌がらせが始まった時、ケンはいじめグループの中心となっている少年の顔面に思い切り頭突きを入れた。思わぬ反撃に、その少年も、周りではやし立てていた取り巻き連中も言葉を失い固まった。
その直後、鼻血の流れ出した顔を両手で押さえながらその場に跪いた少年は、失禁しながら泣きじゃくった。それを見た周りの子供たちは口々に臭い、汚い等と言いながら散り散りに逃げていった。
騒ぎを聞いて駆け付けた施設の責任者シスター・エリスは、罰として今夜はケンの夕食を抜きにすると宣言。夜になるまで物置の中で反省するようケンに言い渡した。
それを聞いたリックは、自分の出番が来たと思った。今こそ母の言葉を実行に移す時だ。
事の経緯を説明し、もしそれでもケンが悪いと言うのなら、代わりに自分の夕食を抜きにしてくれ、何時間でも何日間でも気が済むまで物置に入ってやる、とシスター・エリスに向かって毅然と言い放った。
僅か十一歳の少年が弟を守るために、大人を相手に断固とした決意を表明したことに内心舌を巻いたシスター・エリスは、リック・オルブライト少年の中に、生まれ持った強靭な精神力とリーダーとしての資質を見て取った。この少年はきっと素晴らしい人物に成長するに違いない。夕食抜きと物置での反省の罰は取り消しとなった。