「ゲルニカの木」を手伝うようになって、少しずつこうした話題や客への対応に慣れつつある舞子だったが、まだ適当にあしらう術は持っていない。憮然としながら舞子は答えた。
「なんで?全然問題ないですけど」
「あ・・・そう。そうね。問題ないよね。めんごめんご。えーっと水割り・・・じゃなくてロックお代わり」
舞子の言葉に露骨な棘を感じた相沢は、しどろもどろになった。基本的に悪い男ではないのである。二人のやり取りを見ていた悦子が口を挟んだ。
「それより相沢さん、さっきの話の続きは?」
「え・・・ああ、例の人工衛星のこと?」
「人口衛星?」
そう言いながら、舞子はバーボンのお代わりをわざと乱暴に置いた。
「もぉ、許してよぉ~、舞子ちゃん」
きまり悪そうに言う赤ら顔の相沢に、舞子も表情を和らげた。それを見てホッとした相沢は、話題を変える好機とばかりに話の先を続けた。
「人工衛星が落ちるんだって、天ヶ浜の近くの海に」
「何それ」
「知らない?今日もテレビでやってたよ。お母さんも知らなかったけど、ここの家はテレビが無いのかな~」
「のんびりテレビ見ながら、優雅なセカンドライフを送れる方とは違いますので」
悦子が笑いながら言った。
「優雅なもんかい。早期退職で貰った退職金切り崩してさぁ、ここに来るのが唯一の楽しみな寂しい男だよ」
「無駄話はその辺でよろしい。で、人工衛星がどうしたって?」
話の先を促す舞子。
「ああ、それね。何でもロシアの人工衛星が隕石にぶつかって壊れたんだってさ。で、予報ではもう十日もすれば日本海に落ちるんだって。それがここの海の沖合辺りらしいのよ」
ロシアが打ち上げた軍事偵察衛星ミカエルが、一週間ほど前に隕石群と接触、破損したことは日本のニュースや新聞でも大きく報じられた。太陽電池パネルの一部を失いイオンエンジンの出力が低下したミカエルは、徐々に高度を下げながら現在も地球を周回しており、専門家の予測では十月の後半に日本海沖で大気圏に突入すると言う。衛星は大気圏突入時の衝撃で粉々になり消滅するため、墜落による被害はない見込みとされていた。
日頃ほとんどテレビなど見ず、世間の出来事にあまり関心のない舞子は、さして興味を示さない様子で答えた。
「へぇ・・・」
「へぇって舞子ちゃん。もっと驚かないの?人工衛星が落ちて来るなんてそうそう無いことだよ。ちょっとしたイベントだよ、これ」
衛星が近くの海に落ちることの何がそんなに楽しいのだろう。舞子は、興奮気味に語る相沢を見て思った。
「うん・・・落ちて来る十日後っていったら、ちょうどお祭りの頃だなって」
「そうなんだよね。人口衛星も落ちてくるし、今年の祭りは益々賑やかだな、こりゃ。実行委員の一人としちゃ嬉しいよ。ねぇママ」
「相沢さん、実行委員なの?」
「そうだよ。こういうのは大抵、退職した暇人がやらされるんだよ。めんどくさいよねー」
口ではそう言っているが、すっかり真っ赤に出来上がった相沢は嬉しそうだった。祭りが楽しみで仕方ないのだろう。