花山一家の事務所で新井からの電話を取った鳴海は、思いがけない内容に思わず頭に血が上り、衝動的に受話器に向かって怒鳴り声を上げていた。
「人んとこのシマで舐めたマネしてんのは、どこの組のもんだ!」
「は、はい。ちょっと待って下さい」
新井は受話器を手の平で塞いでケンに聞いた。
「あんたなぁ、どっかの組のもんかや、あぁ?」
目の前の外国人が今一つ理解していない様子を見て取った新井は、イライラしながらゆっくりと繰り返した。
「あ・な・た・は、ど・こ・か・の、組・の、方ですか?」
怒気を含んだ新井の言葉の内容を理解したケンは、とっさに答えた。
「唐島興行」
「唐島興行?どこだそれ」
隣の堀田が口を挟んだ。
「沖縄」
新井は受話器に向かって言った。
「アニキ、沖縄の唐島興行ってとこのもんだそうです」
「沖縄だぁ?何でそんなのがうちのシマで勝手やってんだ。しかもお前、うちに売り付けようなんて・・・」
鳴海は喋りながら頭を回転させた。花山のオヤジに相談するか。まぁ、答えは聞くまでも無いけどな。
「まぁいい。分かった。先ずはブツが本物かお前らで今調べろ。本物だったら明日、もう一度同じ時間にそこに来させろ。良いな」
電話を切った鳴海は早速組長、花山譲二の自宅に電話を入れた。
「オヤジ、夜分すみません。急ぎの相談がありまして」
鳴海から事情を聴いた花山の答えは、やはり予想通りの内容だった。
ヘロインは奪い取れ。売人は、二度とバカなマネをさせないためにも、そして他の組への牽制の意味も込めて、頃合い見計らって早めに殺してしまえ。

客のいない屋上遊園地で、鳴海の口から事の成り行きを聞いていた妹尾が、初めて言葉を挟んだ。
「相変わらずえげつないね、花山の親分も。で、ヘロインは盗ったんだろ?その外人から」
「・・・まぁね」
「棚ぼただね。なぜそれで良しとしない。殺る必要あるのか?」
「今、うちの組もシマ広げるのに必死でさ。オヤジも他所の目、気にしてピリピリしてんだよ。ちょっとでも舐められたら足元すくわれるってな」
「それで?」
「シマで勝手やった奴には、それなりの落とし前を付けないとな。他所への見せしめにもなるしさ」
「まぁ、分かるけど・・・お前のところで片付けられなかったの?沖縄の連中に自分使わせてまでやるってのは、一体どういうわけよ?」
「いや、やったんだよ。うちから二人。それがさ、こっ酷く痛めつけられて帰ってきてさぁ」
鳴海が言うには、事の顛末はこうだった。
ヘロインが紛れもない本物であることを確認すると、翌日再び「MIYABI 雅」に現れた外国人を襲って、首尾よくヘロインを奪うことには成功した。本来は、そのまま倉庫かどこかに監禁して生コンが調達でき次第、早々にドラム缶で東京湾に沈んでもらう予定だった。
しかし外国人は手強かった。ヤクザ二人を相手にしても全く怯まないその強さは、素人のものではなかったという。
乱闘騒ぎの果てに、まんまと店の外に逃げ出した外国人だが、みすみす見逃すわけにはいかない。新井と堀田の二人は必死で後を追った。外国人を捕まえたいのは山々だが、町中で派手に騒ぎを起こして警察沙汰になったら目も当てられない。後をつけた結果、外国人が場末のカプセルホテルに入っていくのを見届けた頃には、真夜中を過ぎていた。