だが訪ねて回った四軒は全て外れだった。その内の一軒ではマスターから、警察を呼ばれる前に即刻出て行けと怒鳴られて、外に放り出される始末だった。
そして四日目の晩。五軒目のクラブ「MIYABI 雅」のドアをくぐる頃には、ケンは自分がしでかした事の危険性と、何の当てもなく店を訪ねて回る行動のバカバカしさに、早くもヘロインを売りさばくのを諦めかけていた。
だからといって今さら唐島興行に戻れるわけもない。半ば途方に暮れながら入った「MIYABI 雅」の店内は、これまでのどの店とも比較にならないほど高級な造りで、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
やはり外れか。しかも大ハズレだ。こんな立派な佇まいの店でドラッグの売買などあり得ない。だが、せっかく来て一杯三千円もするウィスキーの水割りを注文したのだ。確かめずに帰るわけにも行かない。
隣に座って、ケンの日本語をしきりに褒める美人ホステスと、しばらく他愛もない会話を交わしながら、話を切り出すタイミングを窺った。
ホステスが、もう一杯注文して良いかしらと言った時、ケンは返事のついでに、どこかでドラッグは手に入らないかと、酔っぱらった振りをしながら聞いた。
ホステスはケンの目を見て、少し間を置いてから静かな声で言った。
「ありますよ」
「ホント?」
まさかの答えに、思わず大きな声を出すケンに、しーっと口に人差し指を当てるホステスは、決して冗談を言っているようには見えなかった。こんな高級クラブに出入りする連中に限って堕落しているというわけか。
ケンは早速ホステスに取り次いでくれるようお願いした。明日の夜、十一時過ぎにもう一度「MIYABI 雅」に来るように言われた。
花山一家が経営する高級クラブ「MIYABI 雅」。表向きはクラブを装っているが、その裏では違法薬物の取引場として莫大な現金が動いていた。
基本的に紹介制で、素性のはっきりした信頼できる人間としか取引は行われない。こうした闇商売を安全に長く続けるためにも守秘義務は徹底されており、会社の社長や医者、政財界人に大使館勤めの外国人まで顧客は多岐に渡る。
そうした高い社会的地位にある人物同士のネットワークが、ドラッグ目当ての顧客を鼠算式に増やし、今や花山一家の重要な資金源となっていた。
一方で、不必要に警察の注意を引かないための措置として、敢えて会員制クラブとはせず、そのため高級クラブで美女との会話とアルコールを楽しみたいだけの通りすがりの客が来店することも多かった。
「MIYABI 雅」のマネージャーから連絡を受け取った花山一家の新井は、普段だったら相棒の堀田と二人で店に赴き、その奥にある隠し部屋で顧客を待つだけだった。だが今回はどうも様子が違った。一見さんにも関わらずヤクを希望してきたと言う。
判断しかねた新井は若頭の鳴海に相談した。よもや外国人の囮捜査官ということもあるまい。鳴海は、いつも通りの対応で迎えろ、但し絶対に油断するなと、新井と堀田の二人に念を押した。
その夜、マネージャーに案内されて先に隠し部屋で待っていたケン・オルブライトの発した言葉に、新井と堀田は驚き、言葉を失った。こうした取引を数多くこなしてきた二人だが、こんな申し出は初めてだった。
「実は、買って欲しいです。ヘロイン」
二人は思わず顔を見合わせた。
「と、言うと・・・どういうこと?」
新井が聞いた。
「ここにヘロインある。五百グラム。いくらで買ってくれますかぁ?」
英語訛りのある日本語。おおよそ緊張感のないその響きとはかけ離れた内容に、二人は何と答えていいか分からず固まった。
そんな二人をしり目に、目の前に座る外国人は傍らに置かれたバッグのジッパーを開けて中を見せた。そこにはビニール袋に密封されたヘロインの包みが入っていた。
取り敢えず鳴海のアニキに相談しよう。そう決めた新井は、隠し部屋に設置されている盗聴防止機能を施された電話に手を伸ばした。
そして四日目の晩。五軒目のクラブ「MIYABI 雅」のドアをくぐる頃には、ケンは自分がしでかした事の危険性と、何の当てもなく店を訪ねて回る行動のバカバカしさに、早くもヘロインを売りさばくのを諦めかけていた。
だからといって今さら唐島興行に戻れるわけもない。半ば途方に暮れながら入った「MIYABI 雅」の店内は、これまでのどの店とも比較にならないほど高級な造りで、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
やはり外れか。しかも大ハズレだ。こんな立派な佇まいの店でドラッグの売買などあり得ない。だが、せっかく来て一杯三千円もするウィスキーの水割りを注文したのだ。確かめずに帰るわけにも行かない。
隣に座って、ケンの日本語をしきりに褒める美人ホステスと、しばらく他愛もない会話を交わしながら、話を切り出すタイミングを窺った。
ホステスが、もう一杯注文して良いかしらと言った時、ケンは返事のついでに、どこかでドラッグは手に入らないかと、酔っぱらった振りをしながら聞いた。
ホステスはケンの目を見て、少し間を置いてから静かな声で言った。
「ありますよ」
「ホント?」
まさかの答えに、思わず大きな声を出すケンに、しーっと口に人差し指を当てるホステスは、決して冗談を言っているようには見えなかった。こんな高級クラブに出入りする連中に限って堕落しているというわけか。
ケンは早速ホステスに取り次いでくれるようお願いした。明日の夜、十一時過ぎにもう一度「MIYABI 雅」に来るように言われた。
花山一家が経営する高級クラブ「MIYABI 雅」。表向きはクラブを装っているが、その裏では違法薬物の取引場として莫大な現金が動いていた。
基本的に紹介制で、素性のはっきりした信頼できる人間としか取引は行われない。こうした闇商売を安全に長く続けるためにも守秘義務は徹底されており、会社の社長や医者、政財界人に大使館勤めの外国人まで顧客は多岐に渡る。
そうした高い社会的地位にある人物同士のネットワークが、ドラッグ目当ての顧客を鼠算式に増やし、今や花山一家の重要な資金源となっていた。
一方で、不必要に警察の注意を引かないための措置として、敢えて会員制クラブとはせず、そのため高級クラブで美女との会話とアルコールを楽しみたいだけの通りすがりの客が来店することも多かった。
「MIYABI 雅」のマネージャーから連絡を受け取った花山一家の新井は、普段だったら相棒の堀田と二人で店に赴き、その奥にある隠し部屋で顧客を待つだけだった。だが今回はどうも様子が違った。一見さんにも関わらずヤクを希望してきたと言う。
判断しかねた新井は若頭の鳴海に相談した。よもや外国人の囮捜査官ということもあるまい。鳴海は、いつも通りの対応で迎えろ、但し絶対に油断するなと、新井と堀田の二人に念を押した。
その夜、マネージャーに案内されて先に隠し部屋で待っていたケン・オルブライトの発した言葉に、新井と堀田は驚き、言葉を失った。こうした取引を数多くこなしてきた二人だが、こんな申し出は初めてだった。
「実は、買って欲しいです。ヘロイン」
二人は思わず顔を見合わせた。
「と、言うと・・・どういうこと?」
新井が聞いた。
「ここにヘロインある。五百グラム。いくらで買ってくれますかぁ?」
英語訛りのある日本語。おおよそ緊張感のないその響きとはかけ離れた内容に、二人は何と答えていいか分からず固まった。
そんな二人をしり目に、目の前に座る外国人は傍らに置かれたバッグのジッパーを開けて中を見せた。そこにはビニール袋に密封されたヘロインの包みが入っていた。
取り敢えず鳴海のアニキに相談しよう。そう決めた新井は、隠し部屋に設置されている盗聴防止機能を施された電話に手を伸ばした。