坂の頂上に差し掛かると、防風林として植樹されたクロマツ林の向こうに、灰色の日本海が再び姿を現した。
道はなだらかな下りとなり、その先には国内有数の広大な敷地面積を誇る軍事演習場が広がっているのが見えた。
妹尾は目を細めて、数百メートル先のフェンスの辺りを確認した。
そこで目にした異様な光景に、思わず息を止めた。
不思議なことに、道路の上に黒いマネキン人形が設置されている。それも一体や二体ではない。ざっと見積もっても五十体はありそうだ。それが、路上百メートル以上に渡り点々と置かれているのだ。これは一体・・・。
だが、直後にそれが人間であることが分かった。皆、一様に海の方を向いて微動だにしないため、一瞬マネキン人形かと錯覚したが、冷静に考えればそんなはずはないのだ。
それにしても、朝早くからこんな場所になぜ?
ゆっくりしたペースで歩を進め、この謎の一団に近づきながら、妹尾はいぶかしんだ。人の目を気にせず、ケンとさしで話せると考えて選んだ場所に、まさかこんなに大勢の人がいようとは、想像もしてなかった。
さて、予定通りケンが来たとしてどうすべきか。
あのマネキンのような連中が、ケンに警戒心を抱かせるかもしれない。そんな状況下で、これからケンに話そうとしている告白にも近い内容を、相手にしっかりと理解させ、納得させられるだろうか。
高さ二メートル、全長数㎞に渡って敷地を囲う鉄条網つきの長大なフェンス。ケンと待ち合わせの約束をしたちょうど中ほどには、運の悪いことに謎めいたマネキン風の連中が大勢突っ立っている。
年寄りから中年、若者の姿もけっこうある。男も女もいる。一人の者、カップル。三、四人で寄り添うグループ。年齢も性別も、服装もバラバラだが、共通点もあった。皆、海の方を向いて立っている。そしてその多くが双眼鏡やカメラを手にしている。望遠レンズ付きの本格的な一眼レフのファインダーを覗く者もけっこういた。こうなったら、この連中と一緒にケンを待つしかなさそうだ。
頭や肩の上に乗っては消える雪を気にもかけず、一心に水平線の彼方を見つめる人々。その中に、新たな闖入者である妹尾に気がつく者は誰もいなかった。数メートル間隔で無造作に置かれたマネキンのような人々の間を、ゆっくり歩いて進む妹尾。
次の瞬間、妹尾は背後に殺気を含む何かを感じ取り、動きを止めた。
すかさず振り返りたい衝動をどうにか堪えながら、あえてゆっくりとした動作で振り向き、物騒な気を放つ正体を確認した。
皆が揃って海の方向に釘付けとなっている中に一人だけ、まっすぐ妹尾に向って立つ者がいた。赤い仮面のヒーローだった。
祭りの出店で買ったヒーローのお面を被ったケン・オルブライトは、何の気配も感じさせず、不意に現れた。そして今、妹尾の目の前五メートルほどの位置に立っている。
話すべき色々なことがある。だが、それらは妹尾の頭の中を駆け巡るだけで、一向に言葉にならなかった。
「こいつを・・・」
妹尾は、辛うじて声を絞り出すように日本語で言いながら、バッグをケンに指し出そうとして右手を持ち上げかけた。
無駄のない滑らかな動きと、稲妻のようなスピードでケンの右手が持ち上がった。
その手には拳銃が握られていた。
上げかけた妹尾の右手がピタリと止まった。
ケンはためらうことなくトリガーを引いた。
道はなだらかな下りとなり、その先には国内有数の広大な敷地面積を誇る軍事演習場が広がっているのが見えた。
妹尾は目を細めて、数百メートル先のフェンスの辺りを確認した。
そこで目にした異様な光景に、思わず息を止めた。
不思議なことに、道路の上に黒いマネキン人形が設置されている。それも一体や二体ではない。ざっと見積もっても五十体はありそうだ。それが、路上百メートル以上に渡り点々と置かれているのだ。これは一体・・・。
だが、直後にそれが人間であることが分かった。皆、一様に海の方を向いて微動だにしないため、一瞬マネキン人形かと錯覚したが、冷静に考えればそんなはずはないのだ。
それにしても、朝早くからこんな場所になぜ?
ゆっくりしたペースで歩を進め、この謎の一団に近づきながら、妹尾はいぶかしんだ。人の目を気にせず、ケンとさしで話せると考えて選んだ場所に、まさかこんなに大勢の人がいようとは、想像もしてなかった。
さて、予定通りケンが来たとしてどうすべきか。
あのマネキンのような連中が、ケンに警戒心を抱かせるかもしれない。そんな状況下で、これからケンに話そうとしている告白にも近い内容を、相手にしっかりと理解させ、納得させられるだろうか。
高さ二メートル、全長数㎞に渡って敷地を囲う鉄条網つきの長大なフェンス。ケンと待ち合わせの約束をしたちょうど中ほどには、運の悪いことに謎めいたマネキン風の連中が大勢突っ立っている。
年寄りから中年、若者の姿もけっこうある。男も女もいる。一人の者、カップル。三、四人で寄り添うグループ。年齢も性別も、服装もバラバラだが、共通点もあった。皆、海の方を向いて立っている。そしてその多くが双眼鏡やカメラを手にしている。望遠レンズ付きの本格的な一眼レフのファインダーを覗く者もけっこういた。こうなったら、この連中と一緒にケンを待つしかなさそうだ。
頭や肩の上に乗っては消える雪を気にもかけず、一心に水平線の彼方を見つめる人々。その中に、新たな闖入者である妹尾に気がつく者は誰もいなかった。数メートル間隔で無造作に置かれたマネキンのような人々の間を、ゆっくり歩いて進む妹尾。
次の瞬間、妹尾は背後に殺気を含む何かを感じ取り、動きを止めた。
すかさず振り返りたい衝動をどうにか堪えながら、あえてゆっくりとした動作で振り向き、物騒な気を放つ正体を確認した。
皆が揃って海の方向に釘付けとなっている中に一人だけ、まっすぐ妹尾に向って立つ者がいた。赤い仮面のヒーローだった。
祭りの出店で買ったヒーローのお面を被ったケン・オルブライトは、何の気配も感じさせず、不意に現れた。そして今、妹尾の目の前五メートルほどの位置に立っている。
話すべき色々なことがある。だが、それらは妹尾の頭の中を駆け巡るだけで、一向に言葉にならなかった。
「こいつを・・・」
妹尾は、辛うじて声を絞り出すように日本語で言いながら、バッグをケンに指し出そうとして右手を持ち上げかけた。
無駄のない滑らかな動きと、稲妻のようなスピードでケンの右手が持ち上がった。
その手には拳銃が握られていた。
上げかけた妹尾の右手がピタリと止まった。
ケンはためらうことなくトリガーを引いた。