同時刻―天ヶ浜
真夜中に金縛り状態で目を覚ました妹尾は、妙な興奮状態によりその後一睡もできずに朝を迎えていた。それは、なすべきことを見つけた興奮によるものだった。
夜半過ぎから気温が急激に下がったため、部屋の中は暖房を入れてもまだ寒かった。
熱いシャワーを浴びながら、妹尾はこれからの行動を考えていた。
先ずは造船所で仕事中のケンをたずねる。すぐにここを出れば、まだ昼休み中のケンをつかまえられるだろう。
そこで用件を伝える。ケンの反応は未知数だが。
今夜ここにもう一泊し、明日の早朝にはチェックアウトする。そして・・・。
シャワーから出た妹尾はバスタオルで頭を拭きながら、つけっぱなしにしてあったテレビに目をやった。そしてそこに自分を見た。
一気に早まった脈拍が聴覚を奪いにくるのを感じながらも、ニュースに耳を傾けて内容の把握に全力で努めた。そして自分が指名手配されていることを知った。
それにしても、この右側の写真は一体いつ撮られたのか。テレビに映し出されたややぼやけ気味の写真の方を見ながら考えた。
恐らくあの夜、目撃者がいたということだ。栗岩が二人組に殺された。その二人組を自分が殺した。その時に撮られた写真に違いない。
たまたま向かいのビルの屋上に居合わせた大学生が、天体撮影のための望遠レンズ付きカメラで一部始終を撮影していた事実を、妹尾は知る由もなかった。
こうなっては一刻も早く行動に移らねばならない。
直ちにチェックアウトし、ここには二度と帰ってこない。
今すぐにでも、ケンに自分の考えを全て伝えたいが、仕事中の相手に軽く話せるような内容ではない。
帰宅したケンに話すのは論外として、仕事帰りにつかまえようにも、井口舞子が迎えに来るから、やはり話せないだろう。
仕方あるまい。予定通り、この後すぐに造船所のケンをたずねて、先ずは明日の早朝に、誰の邪魔も入らない場所で会う約束を取り付ける。
明日の朝、ケンをそこで待つ。
そして現れたケンに伝えるのだ。自分はあんたの力になってやれるはずだ、いや自分のためにも、どうか手伝わせて欲しいと。
もし、その場にケンが来なかったとしたら、その時はその時だ。自分は今や指名手配の身分。全てを捨てて全力で逃げきるのみ。いずれにせよ、ここから先は、極力人目につかないように行動しなければならない。
妹尾は大急ぎで身支度を済ませると、この一週間寝泊まりした部屋を後にした。フロントでチェックアウトの対応をしてくれたのは、チェックイン時と同じ女性従業員だった。長期宿泊への礼を丁寧に述べ、奉納祭の写真は上手く撮れたかなどと、気を使って話しかけてきた。だが、この女性が先程のニュースを見ていないとも限らない。妹尾はつれない返事で話を切り上げると、足早にホテルを出てケンの働く造船所に向かった。
造船所の入り口付近には、早々に昼飯を食べ終えて、残りの休憩時間をのんびり過ごそうと、タバコで一服する労働者たちが大勢いた。
妹尾は、その中の一人を捉まえてケンの居場所を聞いてみたが、さすがに外国人も大勢働いているため、分からなかった。
「食堂あっちだからさ、そこにいるんじゃねぇの?」
妹尾は礼を言うと、遠慮なく敷地内に入っていった。声を掛けて止める者は誰もいなかった。
食堂は思ったより広かったが、食事中の者はそれほど多くはなかった。
妹尾は右隅のテーブルに一人でいるケンを見つけた。向こうもこちらに気がついて、驚きの表情を浮かべていた。