新井と堀田、そして誰だか知らないもう一人。三人を殺したのは妹尾だとニュースが告げている。だとしたら、かなりまずいことになった。幸い事務所には俺しかいない。やはり見なかったことにしよう。実際、そんなことは無理だと分かっていながら、鳴海は自分に言い聞かせた。俺は何も見てない。何も知らない。
その時、電話が鳴って、びっくりした鳴海は椅子から飛び上がった。深呼吸をして落ち着いてから受話器を取った。
「もしもし」
「おぃ、鳴海か」
組長、花山譲二の声はあからさまに不機嫌だった。
「あ、オヤジ、お疲れ様です」
「お前、テレビ見てる?」
「え、あい、いや・・・見てませんが。何か」
ちらりとテレビに目をやると、ニュースはすでに次の話題を伝えていた。
「あのな、うちの若いの二人なぁ、あれ殺ったの誰か分かったぞ」
「ほんとですか。一体どこのもんなんで?」
「妹尾だよ、妹尾」
「・・・」
やはり、目をつむることはできないようだな。
黙っている鳴海に、花山は苛立ちを露わにして言った。
「お前のダチだろ、鳴海。うちでも何度か使ったことあったよな」
「ええ・・・。しかし、あの妹尾が、ですか?」
「ああ、顔写真までバッチリ出て全国指名手配だってよ」
鳴海が何も言わないので、花山は続けた。
「あいつ、今何やってんだ?」
「さぁ、それは、よく分かりませんが」
うちの組でまんまと横取りしたヤク。その落とし前を付けさせるべく、唐島興行に妹尾を紹介してアメリカ人を追わせている。そんな事をいちいち説明する気はなかった。どうせ、これから自分がやらなければならないことは変わらない。だったら、わざわざ話をややこしくする必要などどこにもない。
「分ってんだろうな、鳴海」
「え?ああ、はい。妹尾を連れてきます」
「連れてこなくていいよ」
「え、それじゃ・・・」
一瞬、鳴海の気分は軽くなった。
「いちいちめんどくせぇ。お前の手で片してこいや」
軽くなった気分は、再びさらなる深みに叩き落とされた。
「相手は指名手配犯だ。絶対にサツに先越されるんじゃねぇぞ。分かってんな」
「はい、オヤジ」
「だったら、さっさと始めろ。報告待ってるからな」
叩きつけられるように乱暴に電話が切られた。
鳴海は、椅子の背に体をあずけて天井を仰ぎ見ながら途方に暮れた。
「あぁあ~・・・ったく。何やってくれてんだよ、あいつは」
舎弟を二人も殺されているというのに、妹尾に対する怒りは一切湧かない。むしろ妹尾には無事に逃げきって欲しいという思いがある。だが、それは逆に言えば、俺が下手を打つことを意味する。オヤジは許しちゃくれないだろう。
一方で、妹尾を捕まえて聞いてみたい。唐島興行に雇われてアメリカ人を殺りに行ったはずのお前が、なぜうちのを殺したりしたのか。まさか唐島が依頼したターゲットというのは、連中のヤクを横取りした俺たち花山一家なのか。
疑心暗鬼になりかけた気持ちに無理やりふたをして、鳴海は億劫そうに椅子から立ち上がった。いずれにしても、今すぐ動かなくてはなるまい。仮にサツより先に妹尾を捕まえたとして、俺に奴を殺せるのか・・・それはその時になればおのずと答えが出るのだから、今悩んでも仕方ない。考えるより先ずは行動だ。確か、妹尾は岡野とかいう情報屋を使っていたな。そいつをつかまえて軽く締めあげれば何か分かるだろう。