「化粧も落とさずに寝ちゃったの?」
「え?うん、そうね・・・」
「あなたたち、昨夜はしっかりと楽しめたのかしら?」
「いやぁ、それがねぇ、お酒飲んだら酔っぱらっちゃったみたいでさぁ・・・記憶ないの」
「やだ、そうなの?それにしては、ちゃんとテーブルも片付いてたし食器も下げてあったけど」
「そう、なんだ・・・多分ケンさんが・・・」
「おやおや、優しい彼氏だこと」
「まぁ、彼氏でも何でもいいんですけども。それよりわたし、自分で部屋まで行ったのかな」
「そんなこと知るわけないでしょ」
という事は、やっぱり悦子が部屋まで連れてってくれたわけではないのだ。
「あちゃ~」
この際、夢遊病でもいいから、どうか自分で部屋まで上がって着替えて寝ておりますように。舞子は祈らずにはいられなかった。
目の前に、特大のマグカップになみなみと注がれた淹れたてのコーヒーが置かれた。
「ありがとぉ」
舌が火傷しそうなほど熱いブラックコーヒーは、二日酔い気味の舞子には、体中の全細胞に染み渡るようでとても美味かった。
やがて、軽めのランチ目当ての三人連れの来客があった。
「いらっしゃいませ、お好きなテーブルにどうぞ」
悦子が忙しくなりそうだったので、舞子は小声で言った。
「ちょっと奥でご飯食べて、そしたら手伝うわ」
「後でトースト焼いてあげるから、待ってなさい」
「はぁい、ありがと」
そう言い残してキッチンに引き上げてきた舞子は、寒さにたじろぎつつ、椅子の上に体育座りの恰好で座ると、体全体をはんてんで包むように丸めながらコーヒーをすすった。
何となくテレビのスイッチを入れて、画面を見るともなく見ながら、しばらくの間ぼんやりとしていた。
またいつもの日々が始まるのだ。気持ちを切り替えていかなくちゃ。
今夜、ケンを迎えに行った帰り道にでもステンドグラスのことを話してみよう。一日遅れてしまったけれど、幻の狼はケンに見てもらうのを今も待っているのだから。
そんなことを考えながら、どのくらい時間が経っただろうか。テレビを眺める舞子の目の焦点が合い、やがて視線は画面に釘付けとなった。
それはお昼のニュース番組だった。テレビ画面には同じ男の写真が二枚並んで映し出されている。その写真の人物はどうみてもカメラマンの妹尾だ。
一枚は若い頃の写真らしく丸刈りの頭だったが、餃子のように少し変形した耳は見覚えがある。もう一枚の方は、斜め上方から撮影したもので、画像はややぼやけ気味だったが、こちらを見据えるその顔は現在の妹尾そのままだった。
一体どういうこと?
写真の下のテロップを目で追った。

容疑者 妹尾達郎(39)

舞子は、震える手でリモコンのボリュームを上げると、ニュースキャスターの事務的な口調の声に聞き入った。