生きてたのか。自殺したって聞いたぞ、ボブ。
そう言いたいのをぐっと堪えて、ボブの目を見た。
ボブは優しく笑いながら言った。
「ケン坊、お前はまだ来なくていい」
「え?」
「兄貴には俺から上手く伝えとくから、心配すんな」
ボブは外に出てリックの傍らに立った。
リックの耳元でしばらく何かを囁いていたが、やがて二人揃ってケンの方を見た。二人とも頷いて笑っている。
ボブは、ケンに軽くウィンクしてみせた。
他の隊員たちの姿は、どこにもなかった。
気がつけば、ボブとリックがなぜかマネキン人形に変わっていた。
マネキンになったリックの頭部からは、まるで穴の開いた袋からこぼれるように、さらさらと砂が漏れ出していた。
砂は地面に落ちるとどす黒い液体に変化した。
これまでの人生で、嫌と言うほど慣れ親しんだ火薬の匂いが立ち込めてくるのを感じた。
マネキンと化したボブは、知らぬ間にどこかに消え去っていた。
中身の砂がすっかりこぼれ切ったリックの頭は、萎びたずだ袋と化して体の前にだらりとぶら下がっていた。
強烈な海風が吹きつけて、リックの体はグラグラと揺れ出した。
やがて、ダンスのようにくるりと回転しながら、とうとう地面に倒れて粉々に砕け散った。
ケンは、呆気にとられながらも、わずかに残る自制心を振り絞って店内を見渡した。
『希望のゲルニカ』の、折れた剣を握って地面に横たわるマネキンのような人物。その見開かれた両目が、じっとケンを睨みつけている気がした。
ソファの上には熟睡する舞子の姿があった。
早く片づけなくては・・・舞子が目を覚ます前に、バラバラになって転がる兄貴の体を隠さなければならない。こんな状況を舞子に見つかってしまったら、どう説明していいのか見当もつかない。
だが、そんな心配は不要だった。リックの亡骸などどこにもなかった。火薬のきな臭さだけがケンの鼻腔に残っていた。