仲のいい友達と合流すると、夕暮れの河原で思う存分、気が済むまで遊んだ。川面に石を投げて水切りの腕前を競ったり、相撲をとったり、プロレスのまねごとをして日が暮れるまで遊んでいた。
何をやっても運動神経の優れた妹尾が一番だった。けっしてガキ大将といったタイプではないが、自ずと遊び仲間の間でもリーダーのような存在になっていた。
いつの頃からか、妹尾たちの遊び場に一人の少女が現れるようになった。妹尾たちよりも少し年下のように見える少女は、この辺りでは見ない顔だった。きっと他所の学校の生徒なのだろう。整った顔立ちの美少女だが、幼い年齢には不釣り合いな暗い目をしており、どこか憂いを帯びた雰囲気だった。
いつも、妹尾たちから数メートル程離れた場所にしゃがみ込んでは、手にした木の枝で地面に何かの絵を描いていた。
妹尾は、この少女の事が気になっていた。きっと好意を抱いていたのだろう。だが、話しかけることなど、とてもじゃないが照れくさくてできなかった。自分が少女のことを気にしているのを、一緒に遊ぶ友人たちに感づかれはしまいかとひやひやしていた。
名も知らぬ少女に対する妹尾の思いは、日に日に強くなっていった。
ある時、相撲を取って遊んでいた妹尾は、わざと勝負に負けると、わざわざ少女が地面に描く絵の上に転がって台無しにしてみせた。それは少女の気を引くための、少年らしい不器用な手段だった。少女は何も言わず、妹尾の方を見ることもせずに、少し離れた場所に行って再び絵を描き始めた。
次の日も、少女はプロレスごっこに興じる妹尾たちの近くにやってきた。見えないリングの上で、友人にプロレスの固め技をかけながら、妹尾は少女の方をちらちらと盗み見た。こうして毎日会えるのは嬉しかった。だが、妹尾の欲求はそれだけでは満たし難いほどに膨らんでいた。少女となんとかして友達になりたい。だが、友達になって欲しいなどとは口が裂けても言えない。
技を解いた妹尾。その腕を掴んで見えないロープに振った友人は、妹尾がはね返って来るところを空手チョップで迎え撃とうと構えた。
だが、プロレスごっこにおける暗黙のルールを無視した妹尾は、はね返ってはこなかった。ロープに振られたそのままの勢いで、近くにいた少女に故意に体当たりを喰らわせたのだった。
少女はおでこから地面に倒れこんだ。ゴツンという鈍い音が、びっくりするほど大きく聞こえた。
そんなに強く当たったつもりのない妹尾は、地面に倒れた少女の姿を茫然と見つめていた。背中には、一緒に遊んでいた友達たちの視線をじりじりと感じていた。
少女は大声で泣き出した。泣きじゃくる少女の顔からは、大人びた印象はすっかり消え失せ、今では年相応の幼い子供に見えた。
肩を揺らしてしゃくり上げながら、少女は泣き続けた。
このまま永遠に泣き続けるのではないか、早く泣き止んでくれないかと妹尾は気が気じゃなかった。
やがて少女は泣きながら走り去っていった。
ばつの悪い思いでゆっくり振り返ると、友人たちもどうしていいか分からない風に、視線を泳がせながら、妹尾と目を合わせようとはしなかった。
家に帰ってからも、少女が誰かに言いつけるのではないか、学校にばれてしまうのではないかと不安だった。何より、自分のやったことが親に知られてしまったらどうしようと、恐くて仕方なかった。
そんな不安をよそに、何事もなく時は過ぎていった。
変わらぬ日常が戻り、妹尾も友人たちも、再び河原に集まって遊ぶようになった。
あの日を最後に、二度と少女の姿を見ることはなかった。
やがて妹尾は、自分が少女に対してやったことを忘れた。少女のことも忘れた。まるで、そんな出来事は無かったのだ、少女も存在しなかったのだと言わんばかりに、きれいさっぱりと妹尾の記憶から消え去った。