自分では気がつかなかったが、一日を通じてかなりの緊張状態にあった舞子は、今、アルコールによって解放され、心地よい眠りの波にあっさりと飲み込まれていった。
ケンたちと別れた妹尾は、海沿いの道を歩いてホテルまで戻ってきた。
いつになく疲れていた。ケンとの鬼ごっこは、ちょっとした遊びのつもりだったが、かなりのプレッシャーを感じていたことに今更ながら気がついた。
シャワーを浴びるのさえ面倒で、上着を脱ぐとそのままベッドに倒れこんだ。だが神経は高ぶっており、疲労困憊にもかかわらず眠れる気がしなかった。
請け負った仕事を自らの意思で反故にしてしまった以上、この先プロとしてやってゆくことは不可能だろう。
ターゲットを取り逃がしたことにしてはどうかとも考えた。掃除屋としての評判は落ちるが、仕事は続けられるかもしれない。
否、悪い噂は、同業者や、主たる雇い主であるその筋の連中の間ではあっという間に広まるものだ。
潮時なのだろう。そもそも、今回の仕事を最後にしたいと考えていたのだから、まさに転機だ。
妹尾は分かっていた。のんびりしてはいられない。今後の行動を早急に考えなければならない。
先ず第一に、自分はここに来る前に二人の人間を殺しているという事実。あの場所に、自分に繋がるような手掛かりは残していないが、殺された栗岩から自分へと辿られないとも限らない。いや、むしろあの日、栗岩が自分と会うことを誰かに話していたら、必ずや捜査線上に自分の存在が浮かび上がることを覚悟しておくべきだ。
第二に、自分が殺した男たちは拳銃を携帯しているような奴らだった。そんな質の悪い連中が運んでいた大金を、とっさに持ってきてしまったのはまずい判断だったかもしれない。このバッグに詰まった現金は、この先どこかに身を隠し、別人としての人生を歩むきっかけをつかむには十分な金額だが、扱いは慎重過ぎるほど慎重でなければならない。
妹尾は考えをまとめようとしたが、何かが心にひっかかって上手くいかない。
これを掃除屋としての最後の仕事にするつもりでいた。そして、無事に任務を遂行し唐島興行から報酬を受け取って引退するはずだった。
過去にいくつかの例外はあったが、ほぼ任務達成率百%を誇ってきた妹尾が、今回に限っては自らの意思で放棄した。
ケンを殺すことができなかった事実。その理由に勇気をもって向き合わねばならない。
そこにあるのは、自分と同類に属する男への哀れみか。
自分を偽るな。ケン・オルブライトを助けたいと感じている自分自身を受け入れろ。
カーテンのすき間から差し込む月光が青い線を描くベッド上で、妹尾は目を覚ました。知らぬ間に眠っていたらしい。
室内は凍えるように寒く、空気が乾燥していて喉が痛い。水を飲もうとして体を動かそうとしたが、金縛りにあったように動かない。驚きはした。だが、妹尾は抗うことなくそんな状態を受け入れた。
その瞬間、少年時代のある出来事が、妹尾の脳裏にまざまざと蘇ってきた。三十年以上も前のことで、これまで一度たりとも思い出したことはなかった。それが今、突然浮かび上がってきたのだ。
これは想像の産物や、ましてねつ造された過去などではない。間違いなくあの時、実際に起こった出来事だ。それがまるで、タイムマシンに乗って過去に遡り、その現場に立ち会っているかと錯覚するほどの生々しさで迫ってくる。
小学三年生の妹尾は、わんぱくで体を動かして遊ぶことが大好きな少年だった。学校から帰ってはランドセルを放り投げ、すぐにまた遊びに出かけて行くような毎日を過ごしていた。
ケンたちと別れた妹尾は、海沿いの道を歩いてホテルまで戻ってきた。
いつになく疲れていた。ケンとの鬼ごっこは、ちょっとした遊びのつもりだったが、かなりのプレッシャーを感じていたことに今更ながら気がついた。
シャワーを浴びるのさえ面倒で、上着を脱ぐとそのままベッドに倒れこんだ。だが神経は高ぶっており、疲労困憊にもかかわらず眠れる気がしなかった。
請け負った仕事を自らの意思で反故にしてしまった以上、この先プロとしてやってゆくことは不可能だろう。
ターゲットを取り逃がしたことにしてはどうかとも考えた。掃除屋としての評判は落ちるが、仕事は続けられるかもしれない。
否、悪い噂は、同業者や、主たる雇い主であるその筋の連中の間ではあっという間に広まるものだ。
潮時なのだろう。そもそも、今回の仕事を最後にしたいと考えていたのだから、まさに転機だ。
妹尾は分かっていた。のんびりしてはいられない。今後の行動を早急に考えなければならない。
先ず第一に、自分はここに来る前に二人の人間を殺しているという事実。あの場所に、自分に繋がるような手掛かりは残していないが、殺された栗岩から自分へと辿られないとも限らない。いや、むしろあの日、栗岩が自分と会うことを誰かに話していたら、必ずや捜査線上に自分の存在が浮かび上がることを覚悟しておくべきだ。
第二に、自分が殺した男たちは拳銃を携帯しているような奴らだった。そんな質の悪い連中が運んでいた大金を、とっさに持ってきてしまったのはまずい判断だったかもしれない。このバッグに詰まった現金は、この先どこかに身を隠し、別人としての人生を歩むきっかけをつかむには十分な金額だが、扱いは慎重過ぎるほど慎重でなければならない。
妹尾は考えをまとめようとしたが、何かが心にひっかかって上手くいかない。
これを掃除屋としての最後の仕事にするつもりでいた。そして、無事に任務を遂行し唐島興行から報酬を受け取って引退するはずだった。
過去にいくつかの例外はあったが、ほぼ任務達成率百%を誇ってきた妹尾が、今回に限っては自らの意思で放棄した。
ケンを殺すことができなかった事実。その理由に勇気をもって向き合わねばならない。
そこにあるのは、自分と同類に属する男への哀れみか。
自分を偽るな。ケン・オルブライトを助けたいと感じている自分自身を受け入れろ。
カーテンのすき間から差し込む月光が青い線を描くベッド上で、妹尾は目を覚ました。知らぬ間に眠っていたらしい。
室内は凍えるように寒く、空気が乾燥していて喉が痛い。水を飲もうとして体を動かそうとしたが、金縛りにあったように動かない。驚きはした。だが、妹尾は抗うことなくそんな状態を受け入れた。
その瞬間、少年時代のある出来事が、妹尾の脳裏にまざまざと蘇ってきた。三十年以上も前のことで、これまで一度たりとも思い出したことはなかった。それが今、突然浮かび上がってきたのだ。
これは想像の産物や、ましてねつ造された過去などではない。間違いなくあの時、実際に起こった出来事だ。それがまるで、タイムマシンに乗って過去に遡り、その現場に立ち会っているかと錯覚するほどの生々しさで迫ってくる。
小学三年生の妹尾は、わんぱくで体を動かして遊ぶことが大好きな少年だった。学校から帰ってはランドセルを放り投げ、すぐにまた遊びに出かけて行くような毎日を過ごしていた。