「今日はお疲れさまでした。乾杯!」
「カンパーイ」
互いのグラスを軽く当てると、舞子は照れ臭くなってシャンパンを一気に飲み干した。その様子にケンは目を丸くして、お道化ながら驚いてみせた。
「舞、アルコール強かった?」
「え?ああ、いいのいいの。ほら、今日はお祭りでしょ?特別な日だから」
空になったグラスに手酌で二杯目を注ぐと、再び半分くらいまで一気に飲んだ。
「はぁ~、美味し」
「舞」
「ん?」
「君は、とてもきれいだったね」
「え?」
ケンの言葉に、どう反応して良いのか分からずに思わず固まってしまった。
「花火よりも、きれい。素敵だった」
「そう・・・ですか?それはどうも・・・」
やれやれ。全く、これだからアメリカ人は・・・。
もし日本の男がこんな言葉を真顔で言ってきたら「はぁ?」と怪訝な顔で返すところだ。だがケンの言葉は自然で何のてらいもなく、だからこそ、すっと舞子の心に飛び込んでくる。ケンが時折見せる、こうした率直な言動には未だにドギマギしてしまうが、正直に言えばとても嬉しい。でも同時に照れくささ、そして気の利いた言葉を返せない自分の不器用さが入り混じった気分にさせられるのだった。
「そうだ、ケンさんにいいものがあるんだ」
舞子は立ち上がると、一瞬足元がふらつきそうになった。普段、ほとんど酒など飲まないので早くもアルコールが効き始めてきたらしい。
ケンは、カウンターの下に隠すようにしまってあった袋から、舞子が何やら取り出そうとしているのを見ていた。
それに気づいて舞子は言った。
「まだ見ちゃダメ、目つむって待ってて」
「OK」
言われるままに目をつむって待つケンの耳に、舞子がガチャガチャと何かをいじっているような音が聞こえてきた。
続いてしばらくの静寂があった。
やがて聞こえてきた音楽に、ケンは思わずつむっていた目を見開いてしまった。スピーカーから流れるその儚げなメロディは、かつてフォース・リーコンの仲間たちとよく歌った映画『マッシュ』のテーマ曲「スーサイド・イズ・ペインレス」だった。
舞子は、ケンが驚きの表情で自分を見ているのが分かったので、にっこり笑って得意げにサムアップをしてみせた。
ケンも、笑いながらサムアップで応えた。
「この曲でしょ、ケンさんが前に話してたのって」
「そう、これ。舞、覚えてたね。CD持ってた?」
「へへ」
ケンさんのために買ってきたんだよ。見つけるの大変だったんだから。舞子はそう言いたいのをぐっとこらえて、一昨日、ほとんど諦めかけた時にリサイクルショップで見つけた中古CDのケースをケンに渡した。
次の曲が始まったので、舞子はCDプレーヤーを操作して再度一曲目の「スーサイド・イズ・ペインレス」をかけた。スピーカーから流れる曲に合わせてケンも歌い始めた。その様子を見守りながら、舞子は幸せを感じた。
悦子が用意してくれた手造りサンドイッチを食べて空腹が満たされると、すでに酔っていた舞子は、ますますリラックスしてきた。シャンパンのボトルはとっくに空になり、二人でワインを飲んでいた。酔っぱらうことがこんなにも気持ちよくて、楽しいことだったなんて。舞子は、学生時代からもっとお酒を楽しんでいれば良かったなと、ちょっと悔やんだ。