そういえば妹尾に初めて会った時、妙な心のざわつきを感じた気がする。
まさかとは思うが、カメラマンを自称するこの男が・・・。
いや、もし俺が考えている通りだとしたら、俺は今殺されていたはずだ。やはりそんな馬鹿な話はあり得ない。しかし・・・。
ケンは、動揺を悟られなにようにゆっくり立ち上がった。
妹尾は、ケンの肩越し十メートルくらい向こうの校舎の陰に、誰かがいるような気がした。そこでふと舞子のことを思い出した。一見無邪気に、しかしどこか本気で臨んだ鬼ごっこは元兵士の二人の頭の中から、すっかり舞子の存在を締め出していた。
「おっと、まずいぞケンさん」
「え?何が」
「舞子ちゃんが待ちくたびれているかも知れないぞ。急いでグランドに戻るとしよう」
「ああ、そうだったな。舞を待たせちゃかわいそうだもんな」

打ち上げ花火を見上げていたため、すっかり首が疲れてしまった舞子は、もう少し楽に見物できるようにグランドの端へと移動した。
こんなことなら神社からの方が見物しやすかったかも知れない、来年はそうしよう。それよりもケンと妹尾はどこにいるのだろう。もしかすると二人はグランドにいないのかも知れない。
ふとそう考えた舞子は、暗がりが不気味だったが、勇気を振り絞って校舎の周りを歩いて探すことにした。
だが、すぐにそんな自分の行動を後悔した。花火の音や見物客の声が聞こえてはくるものの、それでも校舎の裏側は妙に静かだった。
校舎の擦りガラスの窓には、内側から赤い光がぼんやりと浮かび上がっており、消火栓のランプだと分かっていても怖くて仕方なかった。
自分が怖気づいてしまわないように鼻歌を歌ってみることにしたが、何の効果もなくてすぐに止めた。
角を曲がってプールのある裏側に出る直前、プールサイドに人影があるのに気づいて飛び上るほどビックリした。
心臓がすごい早さで内側から胸を打つ。その場にしゃがみ込みそうになるのを何とか堪えながら、校舎の陰に体を隠すと改めてその人影に注視した。
男が二人・・・。
花火の明かりに照らされた時、正体が判明した。ケンと妹尾だ。
一体、こんなところで何をしているのだろう。
舞子の心臓はバクバクしたまま一向に収まらない。
二人は何事かしゃべっているようだけど、ここからでは聞き取れない。
そして、何故だか分からないが二人に声を掛けることができない。
今、あの二人は、わたしが超えることのできない透明な壁に囲まれているような気がする。
呼吸するのもほとんど忘れてそのまま様子を見守っていると、二人がこちらに向かって歩いてくるように見えた。舞子は大きな音を立てないように忍び足で、慌ててグランドの方に逃げ戻った。
グランドの明かりの中まで戻ると、舞子はわざとケンと妹尾がすぐに気づくような場所に立って、ずっとこの場で花火を見ていた振りをした。
やがて二人が暗がりから現れた。
「あ、舞子ちゃんだ。よかったよかった。いや、会えなかったらどうしようかと心配してたんだ。なぁケンさん」
「あ、妹尾さんにケンさん」
「ごめんよ、舞。待ってたね?」
「え、ああ、大丈夫だよ。わたしも何だかんだと長引いちゃって、今来たところなの」
「ホント?」
「うん。そんなことよりほら見て。花火きれだいよ」
妹尾は、舞子の態度になんとなく不自然さを感じたが、すでに掃除屋としての精神的武装を解いていたためか、警戒することもなかった。プールサイドでケンと対峙する姿を舞子に目撃されているなどとは考えもしなかった。