校舎の裏側には、柵に囲まれて二十五メートルプールがあった。プールサイドにはコンクリートブロックで造られた納屋があり、中には積まれたビート版が見える。
ケンは柵を乗り越えると、納屋の側面に身を寄せた。
お面は邪魔だったので傍らに脱ぎ捨てた。
自分が今来た方を向いてしゃがみ込むと、様子をうかがった。
枯葉が浮かぶプールの水面は、時折吹いてくる風でかすかに波立っていた。
校舎の向こう側から漏れ聞こえてくる花火大会の賑わいが、むしろプールサイドの静けさを際立たせた。
完璧な待ち伏せポジションを確保したと判断したケンは、ちょっと考えてみた。
あっさり勝ってしまってはつまらない。どうせなら、わざと撃ち損じてこちらの居場所を妹尾に知らせ、撃ち合いに持ち込んでから勝利したい。
しかし妹尾も変わった男だな。いい歳をして鬼ごっこだなんて、何を考えているのだろう。
そうは言いながらも、ケン自身がこの子供じみた行為に興奮し、楽しんでいた。
さぁ、さっさと姿を見せてくれ、妹尾さん。俺をたっぷり楽しませてくれ。

やけに遅い。
妹尾が現れるのを待ち構えていたケンは、徐々に不安になってきた。
カメラマンの中年男には、闇の中をここまで来るのも難しかったか?やはりハンデを与えた方が良かったようだ。
その時、何かが地面に落ちたような音が前方から聞こえてきた。
妹尾が来たのだろうか。
だが、物音はそれっきり聞こえず、妹尾が現れる気配もない。
銀玉鉄砲を握る右手は微かに汗ばんでいた。
ケンはしゃがんだ体勢のまま、ゆっくりと納屋に沿って進んだ。
どっちみちこの暗闇だ、バレることもないだろう。
納屋から離れると、首を伸ばして向こう側をのぞき込んでみた。
その時、背後に何かの気配を感じ首筋の毛が逆立った。
ケンは反射的に振り向いた。

舞子は相沢に、自分を十二遣徒に選んでくれたお礼を述べつつ挨拶を済ませると、この後献呈の儀の出演者でやるという打ち上げには参加せずに、そそくさと神社を後にした。
花火大会が始まる直前に会場に着くことはできたが、予想以上の賑わいを見て、しまったと思った。この人混みの中からケンと妹尾を探さなくてはいけない。でも、外国人は目立つだろうから、すぐに見つかるかな?辺りを見回しながら、舞子はグランドをぐるりと回って探してみることにした。
それらしい二人組の姿は一向に見つからない。そのうちスピーカーが花火大会の開始をアナウンスした。
「あちゃー、始まっちゃうよぉ」
独り言をかき消すように、打ち上げ花火のドンッという大きな音が響いた。舞子は胸を太鼓のバチで打たれたような衝撃を感じて思わず空を見上げた。頭上には、夜空を背景にカラフルな光の花が咲いており、辺りからは歓声混じりのどよめきが起こった。
会場が小さい為、それほど大きな打ち上げ花火ではないが、ほとんど真下から見上げるそれは経験したことのない迫力だった。舞子はケンや妹尾のことを気にしながらも、その場に立ち尽くして、夜空に咲く花に見惚れた。