天懇献呈の儀はつつがなく終わった。スピーカーからは、慌てずにゆっくりと石段を下りて帰るようにと、注意を促すアナウンスが流れている。
まだ衣装のショールを掛けたままの舞子が、二人の方に小走りにやってきた。
「舞子ちゃん、お疲れ様でした」「舞、おつかれさまだね」
「はーい、お疲れさまでした」
やり終えた充実感を感じさせる、やや興奮気味なトーンの声で舞子が答えた。
「ねぇ、わたし魚臭くないですか?」
「え?別に」
「よかった。いや、干物持たされちゃったもんだから心配だったんだけど」
妹尾は、鼻をくんくんやって舞子の匂いを確かめるまねをしながら言った。
「チェック完了。うん、美人さんの芳しい香りしかしないから大丈夫。はい、これ」
妹尾は、預かったお面を舞子に返しながら聞いた。
「ところで見えた?ケンさんと二人でお面被ったんだけど」
「もちろん!ありがとう。最高だった。嬉しかった」
素直に感謝の言葉が出てきて、舞子は自分でもちょっと意外に思いながら続けた。
「でね、まだちょっと時間かかるみたいだから、妹尾さん、ケンさんと二人で先に花火の会場に行っててもらえます?あとで合流するから」
「会場は、学校のグランドだっけ?」
「そう。石段降りたら左の方に歩けば、すぐに小学校があるの、分かると思います」
「ああ、そういえばここに来る時に見たな。広いグランドに祭りのやぐらが立ってたね」
「そこです。ここの人達もみんなこのまま花火大会に向かうと思うから、流れで一緒に歩いていけば間違いないです」
「了解。じゃぁ、ケンさんと先に行って待ってるよ」
「それでよろしくお願いします。ケンさん、じゃぁ後でね」
舞子はケンに小さく手を振ると、照れ臭いのを隠すように素早く踵を返して、小走りに境内の方に戻っていった。
「さてと、ケンさん。じゃぁ、のんびり歩いて向かうとするか」
ケンと二人だけになった妹尾は、英語で話しかけた。
「そうしよう」
二人は、提灯の灯りが醸し出す幻想的な雰囲気を楽しみながら、他の見物客たちと歩調を合わせるようにゆっくりと石段を下りていった。
入り口付近に出店している露店を見た時、妹尾は、不意にあるアイディアを思いついた。なぜ急にそんなことを考えたのかは自分でも分からないが、このまま花火を見物するよりは、ちょっと面白いかも知れない。
「ケンさん、ちょっとそこで買い物して行こう」
「OK、腹でも空いたのかい」
「いや、そうじゃないんだ」
そう言って妹尾が立ったのは、来る時に舞子たちがお面を買った露店の前だった。お面の他に水ヨーヨーや子供向けのちょっとした玩具も並べているこの露店で、妹尾はワルサーP38の形状を模した銀玉鉄砲を二丁と銀玉を一袋買った。
その一丁をケンに渡しながら言った。
「グランドについたら、こいつで遊ぼう」
妹尾からの意表をついた提案に戸惑ったケンは、子供の手に合うように縮小化されたおもちゃのワルサーを弄びながら口ごもった。
「遊ぶったって・・・」
「このおもちゃを使って、鬼ごっこをやるのさ」
「鬼ごっこ?」
「そう、面白そうだろ?俺が鬼をやる。ケンさんは逃げる。こいつで撃たれたら負け」