わざわざ祖母との思い出の場所で、血なまぐさい殺しの依頼を請け負うようにしているのも、そのためだったはずだ。
それでも自分は今日、ケンを撃てなかった。
明日なら撃てるだろうか・・・。

かつて、失意のままに外人部隊を去り日本に帰国した妹尾は、その後、外人部隊や自衛隊の日々を忘れるべく、軍人だった過去とは無関係な職を探して歩いた。
柔道の指導員にでもなれないものかと町道場の門を叩いた。
警備員として深夜のオフィスビルの見回りをした。
工事現場に派遣されて肉体労働に汗を流したこともあった。
だが、何をやっても妹尾の心は満たされなかった。一度でも、生死を賭けて自分の能力の限界に挑んだ者にとっては、平穏な日常は味気ないだけだった。ただ時間が流れて行くだけで、生きている実感がなかった。
やがてそんな日々に対する不満が、夜の盛り場で爆発した。飲み屋の立ち並ぶ狭い道を、偉そうに肩で風を切りながら歩いてくるチンピラ三人組とのすれ違いざまに、わざと肩をぶつけていた。案の定、相手は妹尾の胸倉を掴みながら因縁をつけてきた。
「殺すぞ、こら」
「その言葉、待ってました」
そう言うなり、妹尾は胸倉を掴む相手の手首をねじり上げた。
三人を相手に乱闘を演じる妹尾は、久々にはつらつとした気分を味わっていた。
誰かが警察を呼ぶ前に、片足を引きずりながら駆け付けたのはチンピラたちの兄貴分だった。それが鳴海だと気づく前に、鳴海の方が妹尾に気づいた。

偶然の再会を経て、二人は再びつるんで飲み歩くようになった。鳴海がヤクザになっていたことなど全く気にならなかった。鳴海に頼まれて取引現場について行くことも、むしろ退屈した日常の中で、ちょっとしたスリルを味わえる気分転換くらいにしか考えていなかった。
ある取引現場でのこと。敵対する組の者が、鳴海に向かって銃を抜いたことがあった。撃つつもりだったのか、ハッタリだったのかは判らないが、隣にいた妹尾は、ほとんど本能的に相手を組み伏せてその腕をへし折ると銃を取り上げていた。鳴海の方をみると、妹尾に向かって頷いた。妹尾は奪った銃で男を射殺した。
初めて人を殺した瞬間だったが、そこには何のためらいも、後悔もなかった。すべきことをしただけだと確信していた。
この事件をきっかけに、妹尾は花山一家の用心棒になり、やがてフリーランスの殺し屋になった。
以来、その手で始末してきた人間はそれなりの数に上るが、全てが暴力団絡みの仕事というわけでもなかった。
とある会社の重役を殺したこともあった。その男は「もうじき孫が生まれる。金はいくらでもやるから助けてくれ」と命乞いをしたが、そんな言葉は妹尾には通用しなかった。
それでも、微かに心の片隅に残る良心らしき感情が疼く時もあったが、そんな自分を抹殺し、別人に生まれ変わったという意識で仕事に臨んでいた。
そのため、この稼業に首を突っ込んでから十年、殺しを躊躇したことなど一度たりともなかった。
だが今日、ケン・オルブライトを撃つことができなかった。
きっと明日も撃てないだろう。その思いはすでに確信に近かった。