妹尾は、自分が何者なのか、その正体も含めて全てをケンにさらけ出したくなった。
その上で、自分にも手伝えるかもしれないと告げたくなった。
唐島興行との契約などこの際どうでもいい。掃除屋稼業からは足を洗ってこの天ヶ浜に定住し、ケンの望みを叶えるべく自分も力になる。
これはもしかすると、新たな自分の生き方が見つかったのかも知れない。
妹尾は、そんな考えを無理やり封じ込めると、ケンに言うともなく言った。
「これで魚が釣れてれば、ケンさんの願い事も叶ったかも知れないんだがなぁ。いや、まだこれから釣れるかもしれないな。雨も上がったし」
ケンは、振り向いて妹尾に笑いかけた。
「それより、腹が空いたな、妹尾さん。舞が作ったサンドイッチで腹ごしらえでもしようか」
「ああ、いいね、腹が減っては戦はできぬってね」
ケンがリュックサックから取り出したサンドイッチの包みは、残念ながら雨でぐっしょりと濡れており、手作りのサンドイッチはとてもじゃないが食べられる代物ではなくなっていた。
気まずそうに妹尾を見るケン。
「ダメにしてしまったよ。せっかく舞が作ってくれたのに・・・舞には、ダメにしたなんて言えないよ、申し訳なくて」
「仕方ない。空腹は我慢するとして・・・そのサンドイッチは持ち帰るわけにもいかないから、魚にでも食べてもらおう」
ケンは頷くと、サンドイッチの包みを沖合に向かって力いっぱい放り投げた。包みは回転しながら千切れて波間に消えた。
「妹尾さん、舞がかわいそうだから、彼女には美味しかったよって言ってあげよう」
「ああ、もちろんさ」
そんなケンの優しさを見た妹尾の中に、何とかこの男の力になりたいという思いが再び湧き上がった。ほんのさっきまでは、殺そうとしていた相手であるにもかかわらず。
妹尾は、今自分は何をすべきなのかが完全に分からなくなっていた。
今では、雨が降っていたのが嘘のように空はすっかり晴れ上がっていた。それとともに急激に気温が下がり、十月下旬本来の気候が戻ってきた。
雨に濡れた体で、風邪でもひいたらかなわない。結局釣果もないまま、二人は釣りを止めて帰路についた。
天候の回復とともに、祭りは徐々に活気を帯び始めていた。防波堤をとぼとぼと歩いて戻る二人の耳にも祭ばやしが聞えてくる。
「ところで妹尾さん、ここには祭りの取材で来てるんだろ。写真は撮らなくていいのか?」
「え?ああ、写真ね。まぁ、明日でいいよ。今日はこれで引き上げるとするよ」
妹尾は、偽りの身分を演じるのが馬鹿らしくなっていた。
その夜、妹尾はホテルの部屋でベッドに横たわりながら、昼間の出来事を反芻した。
ケンの口から語られた壮絶な戦場での経験は、かつて兵士として生きた妹尾には、十分に衝撃的であり、その心情を推し量ることができた。
そして、それ以上に気になっているのが、チャンスがありながらケンを撃てなかった自分自身だった。
あの話を聞かされて同情したのか。
そんな、いかにも人間的な甘ったるい感情はとっくに捨てたはずではなかったか。
その上で、自分にも手伝えるかもしれないと告げたくなった。
唐島興行との契約などこの際どうでもいい。掃除屋稼業からは足を洗ってこの天ヶ浜に定住し、ケンの望みを叶えるべく自分も力になる。
これはもしかすると、新たな自分の生き方が見つかったのかも知れない。
妹尾は、そんな考えを無理やり封じ込めると、ケンに言うともなく言った。
「これで魚が釣れてれば、ケンさんの願い事も叶ったかも知れないんだがなぁ。いや、まだこれから釣れるかもしれないな。雨も上がったし」
ケンは、振り向いて妹尾に笑いかけた。
「それより、腹が空いたな、妹尾さん。舞が作ったサンドイッチで腹ごしらえでもしようか」
「ああ、いいね、腹が減っては戦はできぬってね」
ケンがリュックサックから取り出したサンドイッチの包みは、残念ながら雨でぐっしょりと濡れており、手作りのサンドイッチはとてもじゃないが食べられる代物ではなくなっていた。
気まずそうに妹尾を見るケン。
「ダメにしてしまったよ。せっかく舞が作ってくれたのに・・・舞には、ダメにしたなんて言えないよ、申し訳なくて」
「仕方ない。空腹は我慢するとして・・・そのサンドイッチは持ち帰るわけにもいかないから、魚にでも食べてもらおう」
ケンは頷くと、サンドイッチの包みを沖合に向かって力いっぱい放り投げた。包みは回転しながら千切れて波間に消えた。
「妹尾さん、舞がかわいそうだから、彼女には美味しかったよって言ってあげよう」
「ああ、もちろんさ」
そんなケンの優しさを見た妹尾の中に、何とかこの男の力になりたいという思いが再び湧き上がった。ほんのさっきまでは、殺そうとしていた相手であるにもかかわらず。
妹尾は、今自分は何をすべきなのかが完全に分からなくなっていた。
今では、雨が降っていたのが嘘のように空はすっかり晴れ上がっていた。それとともに急激に気温が下がり、十月下旬本来の気候が戻ってきた。
雨に濡れた体で、風邪でもひいたらかなわない。結局釣果もないまま、二人は釣りを止めて帰路についた。
天候の回復とともに、祭りは徐々に活気を帯び始めていた。防波堤をとぼとぼと歩いて戻る二人の耳にも祭ばやしが聞えてくる。
「ところで妹尾さん、ここには祭りの取材で来てるんだろ。写真は撮らなくていいのか?」
「え?ああ、写真ね。まぁ、明日でいいよ。今日はこれで引き上げるとするよ」
妹尾は、偽りの身分を演じるのが馬鹿らしくなっていた。
その夜、妹尾はホテルの部屋でベッドに横たわりながら、昼間の出来事を反芻した。
ケンの口から語られた壮絶な戦場での経験は、かつて兵士として生きた妹尾には、十分に衝撃的であり、その心情を推し量ることができた。
そして、それ以上に気になっているのが、チャンスがありながらケンを撃てなかった自分自身だった。
あの話を聞かされて同情したのか。
そんな、いかにも人間的な甘ったるい感情はとっくに捨てたはずではなかったか。