その頃、今回の惨事の引き金を文字通り引いたコロンビア軍のダメ士官が、パブロの麻薬王国に強烈な一撃を加えた英雄として、インタビューに答えるテレビニュースを見かけた。「コロンビア軍の精鋭兵士たちが、近い将来わが国から、そしてアメリカをはじめ全世界から麻薬を一掃することを約束する」。得意気にそう語る姿に殺意が沸き上がったが、それを維持する気力さえ、ケンには残っていなかった。
仲間を亡くし、軍や国家に失望し、戦う意味を見失い、虚しさに心を支配されたケン・オルブライトが海兵隊を去るまでに、長くはかからなかった。

一時は激しく降った天ヶ浜の雨もいつしか上がり、雨雲の切れ目からは日が射し込んでいた。それは天界から地上に降り注ぐ光のような厳かな光景だった。
「俺は失望して軍を辞めたんだ。国や軍を頼ったところで何もしちゃくれない。ならば自分でやるしかない」
「というと?」
「自力でコロンビアのジャングルに出向くのさ。運がよければ兄貴たちの遺骨や、形見になるような何かが見つかるかもしれない」
しばらく考えてから、ケンは付け加えるように言った。
「いや、そんなものは先ず見つかりっこないってのは俺だって分かってるさ。でも、俺は約束したんだ。飛び去るヘリの上から兄貴や仲間に向かって、必ず戻るって。約束は果たさなくちゃな」
「でも、そんなことが可能なのか?ケンさんが単身コロンビアのジャングルに行くなんてことが」
「一人じゃ無理さ」
「ではどうする?」
「PMCのプライベート・オペレーターを雇う」
「プライベート・オペレーター?」
妹尾は、PMC(民間軍事会社)のこともプライベート・オペレーターのことも知りつつ、わざととぼけた。
「金で働く兵士。傭兵みやいなもんさ」
「傭兵か」
「あの日、作戦が実行された場所の座標は俺が把握している。問題はそこまで行く足なんだが、大手のPMCはヘリどころか航空機だって所有してるからな。あとはオペレーターが一人か二人と、俺自身に武器があれば、万一の事態にも対応できるだろう。ただ・・・」
ケンは、海面を見つめたまま何かを考えこむように黙り込んだ。
妹尾は、ケンの口から語られた内容に内心では激しく動揺していた。
自分はこの男を殺すべきなのか。
何も考えずに、請け負った仕事をやればいいのだろうか。
心の乱れが波紋のように広がりつつあった。プロの掃除屋としての自分が、まずいことになる前に早く決着をつけろと警告する。
妹尾は、再びケンの後頭部に向けて静かに銃を抜くと、グリップを握りしめてセイフティを解除した。
トリガーにかけた指をわずかに引くだけで、ケン・オルブライトは撃たれた事実に気づくこともなく絶命する。
だが、どうしても引く気にはなれない。
トリガーにかけた指が石のように動かなくなった。
妹尾は諦めて銃をしまった。
「・・・ただ、何しろ金がかかる。だから大金が必要なんだ」
ケンが再び話し出した。
「PMCを雇うのはもちろん安くない。本来は政府や大企業を顧客にしている連中だからね。でも金さえあれば、どうにかなると思うんだ」
妹尾はこの時初めて、ケンが唐島興行からヘロインを持ち逃げした理由を理解した。
雇い主の暴力団からヘロインを盗んで逃亡するという、無謀に近い行動にケンを駆り立てたのは、そういうことだったのか。