ほんの数日前のジャングルにおける激戦など、とっくに忘れたようなリラックスした表情でこちらに歩いてくるダニエルズを見て、ケンの中で抑えていた怒りが瞬時に沸騰した。
「よぉ、誰かと思えばお前さんか。はるばるこんなところまで、今日は何の・・・」
言いかけたダニエルズの左あごに、ケンの右ストレートが炸裂した。
いきなりの不意打ちを喰らったダニエルズは、もんどりうって倒れこんだ。
それを周りで見ていたデルタ隊員たちは、止めに入ろうともせず、それどころか笑いながら二人の様子を楽しんでいた。
「なぜ、置き去りにしたんです」
顎をさすりながら立ち上がるダニエルズに向かって、ケンは繰り返した。
「あの夜、まだ戦っている俺の仲間を残して、なぜ離脱・・・」
言い終わる前に、今度はダニエルズがボディブローを打ち込んできた。
あまりに強烈なパンチに思わずくの字に体を折り曲げるケン。
すかさず背後に回り込んだダニエルズは、そのまま首に腕を絡ませるとケンを地面に倒して押さえつけた。
「一度しか言わないからよく聞けよ、若造。俺たちは兵士だ。兵士ってのはな、いついかなる時も命を捨てる覚悟で戦ってるんだ。死ぬのなんか問題じゃない。どうすれば任務を遂行できるか、そのためのベストな選択はなにか、大切なのはそれだけだ」
そこまで言うと、ダニエルズは腕を解いてケンを無理やり立ち上がらせた。
肩で息をしながら再び対峙する二人。
「それはお前だって、お前の仲間だって全員同じだろ。兵士が戦場で命を落とせるなんて、俺にいわせりゃ最高に幸せな死に方だ」
冷静さを取り戻したケンは、うなだれた。
「死んじまったお前の仲間だって悔いはないはずだ。そいつらをがっかりさせるようなまねは慎め」
「・・・すみませんでした」
ケンは、ダニエルズを見ることもできずにうつむいたまま、踵を返して出口に向かった。
確かにダニエルズの言う通りだった。最後まで勇敢に戦って死んでいった仲間たちは、何も悔やんでなどいないだろう。それどころか、むしろ自分たちの死に様を誇りに思っているに違いない。
彼らの死を汚してはいけない。そう思うと、ケンは恥ずかしさで顔を上げることができなかった。その背中にダニエルズが声をかけた。
「兄貴だったそうだな」
ケンは立ち止まって振り返った。
先程までとは打って変わって、ダニエルズは慈悲深い優しい表情でケンに言った。
「お前さんのチームの隊長さ」
「ええ」
「勇敢な男だったな。誇りに思え」
「・・・もちろんです」
ダニエルズに頭を下げると、ケン再び出口に向かった。
出口付近で、先程ケンを取り次いでくれた長髪にあごひげの隊員が声をかけてきた。
「おい、坊や。お前さんの気持ちはわかるよ。俺たちもな、理不尽な命令で仲間を失くすなんてのはしょっちゅうだ」
「・・・」
「あのマットもな、ソマリアで親友を二人亡くしてるんだぜ。だからあいつだって、お前さんの気持ちを理解した上でああ言ってるんだ」
「分かってる。俺がバカだった。すまなかったと思ってる。だが、この感情の矛先をどこに向けて良いのか分からなくて・・・」
「少なくともマットに当たるのはお門違いよ。頭冷やして、ゆっくり考えてみるんだな。それでも、どうしてもお前さんの気持ちが収まらないってんなら、文句はもっと上の連中に言ってみろ」
「ああ、そうしてみる」