ケンが、心中の問いを兄に投げかけたのと同時に、リックは再び敵に向き直り、胸に差してあるタクティカルナイフを抜いた。
届くわけもないそのナイフを、それでも迫りくる敵目がけて投げつけようと振りかぶった瞬間、リックの頭が風船のように破裂した。
頭部を失った胴体は、ナイフを振りかぶった手をそのままに前のめりに倒れた。
決して屈服せずに、最後の瞬間まで戦い続けた兄の姿は、死ぬまで絶対に忘れられないイメージとしてケンの脳裏に焼き付いた。
俺は必ず戻ってくる。兄貴、みんな。それまでここで待っててくれ。
ケンは泣きながら心に誓った。
ジャングルの上空を、樹木すれすれに飛ぶブラックホーク。
気がつけばあれだけ激しく降っていた雨はすでに上がっていた。辺りはうっすらと明るくなり始めており、夜明けが近いことを告げている。
どこからともなく聞こえてくるジェットエンジンの音が、徐々に近づいてくるのが、ヘリのローター音越しにも分かった。
次に空気を切り裂くような鋭い音が聞えた。
やがて後方から、連続して凄まじい爆発音が轟き渡り、他の全ての音を飲み込んだ。この世の終末を思わせるような恐ろしい音だった。
ケンが涙にかすむ目でその方角を見ると、つい先ほどまで自分たちがいた場所に、何本もの巨大な炎の柱が立っていた。それはまさに地獄の業火というに相応しい光景だった。
つぎの瞬間、強烈な爆風でヘリが大きく揺れた。
ケンは肺に焼けるような痛みを感じた。
次に、肺の中から空気が無理やり絞り出されるような苦しさを味わって、思わず呻いた。
ケンの傍らで横たわるボブは、安らかに眠っているようにみえた。
雨露に濡れたジャングルを炎がなめ尽し、パブロ・エスコバルの麻薬精製工場をこの世から消し去った。
キャンプ・ペンドルトンに帰投した翌日、ケンはボブが一命を取り留めたことを知って、心の底から安堵した。半身不随は免れないらしいが、それでも生きていれば良いこともあるはずだ。自分の代わりに撃たれたようなものなのだ。精いっぱいのヘルプで恩返しをしなければならない。
ともかく、あの状況でボブの命を救ったデルタの衛生兵には心の底から感謝する。だが、リックを置き去りにしたまま離脱の命令を下した隊長マット・ダニエルズ少尉を許せる気にはなれなかった。
兄を含む、実に十人の仲間を一度に失ったショックはあまりに大き過ぎて、ケンにはまだ実感が湧かなかった。その時点では、喪失の悲しみよりもむしろ現実に対する怒りの感情が勝っており、その矛先はダニエルズに向かっていた。
数日後、ケンは休暇を申請すると、デルタフォースをはじめ米軍の特殊部隊が駐屯するノースカロライナ州のフォート・ブラックを訪ねた。
実際、ダニエルズ少尉を訪ねたところで何ができるわけでもないことは承知していた。だが、あの時なぜ兄を置き去りにしたのか。そのことについては、ダニエルズに面と向かって問いただしたかった。
「おい、マットに客だぜ」
そういってケンを取り次いでくれたのは、長髪にあごひげでベースボールキャップを被ったTシャツ姿の男だった。その筋肉質な太い腕にはタトゥーが彫られている。
おおよそ軍人らしくない見た目は、いかにも特殊任務で民間人になりすますことの多いデルタフォースである。上官を呼び捨てにすることなど海兵隊では言語道断だが、ここの連中にとってはいたって普通のことらしい。
しばらくすると、向こうに見える質素な建物のドアからダニエルズが出てきた。
届くわけもないそのナイフを、それでも迫りくる敵目がけて投げつけようと振りかぶった瞬間、リックの頭が風船のように破裂した。
頭部を失った胴体は、ナイフを振りかぶった手をそのままに前のめりに倒れた。
決して屈服せずに、最後の瞬間まで戦い続けた兄の姿は、死ぬまで絶対に忘れられないイメージとしてケンの脳裏に焼き付いた。
俺は必ず戻ってくる。兄貴、みんな。それまでここで待っててくれ。
ケンは泣きながら心に誓った。
ジャングルの上空を、樹木すれすれに飛ぶブラックホーク。
気がつけばあれだけ激しく降っていた雨はすでに上がっていた。辺りはうっすらと明るくなり始めており、夜明けが近いことを告げている。
どこからともなく聞こえてくるジェットエンジンの音が、徐々に近づいてくるのが、ヘリのローター音越しにも分かった。
次に空気を切り裂くような鋭い音が聞えた。
やがて後方から、連続して凄まじい爆発音が轟き渡り、他の全ての音を飲み込んだ。この世の終末を思わせるような恐ろしい音だった。
ケンが涙にかすむ目でその方角を見ると、つい先ほどまで自分たちがいた場所に、何本もの巨大な炎の柱が立っていた。それはまさに地獄の業火というに相応しい光景だった。
つぎの瞬間、強烈な爆風でヘリが大きく揺れた。
ケンは肺に焼けるような痛みを感じた。
次に、肺の中から空気が無理やり絞り出されるような苦しさを味わって、思わず呻いた。
ケンの傍らで横たわるボブは、安らかに眠っているようにみえた。
雨露に濡れたジャングルを炎がなめ尽し、パブロ・エスコバルの麻薬精製工場をこの世から消し去った。
キャンプ・ペンドルトンに帰投した翌日、ケンはボブが一命を取り留めたことを知って、心の底から安堵した。半身不随は免れないらしいが、それでも生きていれば良いこともあるはずだ。自分の代わりに撃たれたようなものなのだ。精いっぱいのヘルプで恩返しをしなければならない。
ともかく、あの状況でボブの命を救ったデルタの衛生兵には心の底から感謝する。だが、リックを置き去りにしたまま離脱の命令を下した隊長マット・ダニエルズ少尉を許せる気にはなれなかった。
兄を含む、実に十人の仲間を一度に失ったショックはあまりに大き過ぎて、ケンにはまだ実感が湧かなかった。その時点では、喪失の悲しみよりもむしろ現実に対する怒りの感情が勝っており、その矛先はダニエルズに向かっていた。
数日後、ケンは休暇を申請すると、デルタフォースをはじめ米軍の特殊部隊が駐屯するノースカロライナ州のフォート・ブラックを訪ねた。
実際、ダニエルズ少尉を訪ねたところで何ができるわけでもないことは承知していた。だが、あの時なぜ兄を置き去りにしたのか。そのことについては、ダニエルズに面と向かって問いただしたかった。
「おい、マットに客だぜ」
そういってケンを取り次いでくれたのは、長髪にあごひげでベースボールキャップを被ったTシャツ姿の男だった。その筋肉質な太い腕にはタトゥーが彫られている。
おおよそ軍人らしくない見た目は、いかにも特殊任務で民間人になりすますことの多いデルタフォースである。上官を呼び捨てにすることなど海兵隊では言語道断だが、ここの連中にとってはいたって普通のことらしい。
しばらくすると、向こうに見える質素な建物のドアからダニエルズが出てきた。