やがてケンの耳にも、ヘリのローター音がはっきりと聞こえてきた。
銃声と豪雨にかき消されて気づかなかったが、アルファ・ワンはすぐそこに迫っていた。
前方に開けた空間が見える。
その地面には人工的な美しさで発光するグリーンの目印が、ヘリまでの道を浮かび上がらせていた。まさに希望の道しるべだ。
その先のヘリでアサルトライフルを構えて待機するデルタの姿が見えた途端、ケンの中に力が湧いてきた。
もはや全ての力を使い果たしたと思っていたが、まだいける。
ケンは、最後のマガジンを装填しながら振り向くと、後方の敵に向けて三点バーストをお見舞いした。
だがその瞬間、胸にハンマーで叩かれたような衝撃を受けて吹っ飛んだ。
被弾したのだ。
弾丸は奇跡的にタクティカルベストのナイフに命中し、どこかに弾き飛ばされた。官給品の代わりに持ってきた仲間たちからの贈り物-チタン製のカランビットナイフがケンを守ったのだ。
それでも着弾の衝撃はすさまじく、ひっくり返ったケンは頭部をしたたかに打って意識を失った。

ヴァイパーが開けた台地の向こう端に姿を現したのが、ダニエルズにも見えた。
全部で四人、いや負傷者を担いでいる奴がいるから五人。他の七名はここまでたどり着けなかったということか。
その損耗にダニエルズは衝撃を受けたが、落ち込んでいる暇はなかった。このままではさらに被害は拡大しそうだった。
追跡者たちは、もはや五人の直ぐ後ろに迫っているのは明らかだが、それを追って開けた場所に姿をさらすほど素人ではないようだ。それどころか正確な射撃からしてプロの兵士に違いない。
敵の銃弾は今や、待機するブラックホークにも狙いを定め始めていた。
ダニエルズが合図するまでもなくデルタ隊員が一斉に射撃を開始し、こちらに向かう五人を援護した。
だが、敵はジャングルの樹木に姿を隠しながら暗闇の中から攻撃してくるため、いかにデルタといえども効果的な射撃はほとんど不可能だった。
一方で、開けた台地にいるこちらは、敵からみればイージーな射撃の的のようなものだ。
敵の撃つAK‐47のライフル弾が、不気味な金属音とともにヘリの機体に穴を穿ち始めた。
怯えるコロンビア軍士官がダニエルの肩を掴んで言った。
「早く脱出しないと。死ぬ。みんな死ぬ」
ダニエルズは振り向きざまに、士官の鼻柱に拳を叩き込んだ。折れた鼻から血を流しながら、コロンビア軍士官はその場にうずくまって静かになった。
それを見て、ダニエルズは一瞬残酷な満足感を覚えた。だが確かにこのダメ士官の言っていることは正しかった。このままではやられる。判断を下すべき時は近い。

胸部に打撲の強烈な痛みを覚えて意識を取り戻したケンは、雨に濡れた草地の地面が、スローモーションのようにゆっくり揺れているのを見た。暗闇の中、空中を浮遊しているような妙な感覚だ。
一瞬、自分の居場所が分からなかったが、すぐに誰かに担がれて運ばれているのに気がついた。もう大丈夫だと言おうとしたが、胸の痛みで呻くのが精いっぱいだった。いずれにせよヘリのローター音で相手には聞こえなかっただろう。
そのうちヘリの中にどさりと乱暴に降ろされた。撃たれて気を失ったケンを担いできてくれたのはボブだった。