銃声の主はコロンビア軍士官だった。極度の緊張で力んでしまい、手にしていた銃の引き金を思わず引いてしまったというのが真相だ。
だが、リックも周りの隊員もそんなことは知る由もない。発砲の瞬間、何が起こったのか彼らには分からなかった。キーンと耳鳴りがして何も聞こえない状態の中、リックは頭をフル回転させて状況把握に努めた。
はじめは敵の銃撃を受けたのかと考えた。
次に、発射されたばかりの銃を手に立ち尽くすコロンビア軍士官を見て、この男が裏切ったと考えた。
傍らの隊員がすかさず士官をねじ伏せて銃を取り上げた。
抵抗するそぶりもなく、組み伏せられたままでいる士官を問いただしたが、茫然自失で答えられる状態ではなかった。
今、この緊急事態の場において真相解明は後回しだ。
少なくとも負傷者はない。
目の前の脅威も排除されている。
今やリックの懸念は、この騒動で救出作戦における最も重要な奇襲の要素が失われてしまった事実に向いていた。
双眼鏡でゲートの状況を確認すると、デルタが扉を乗り越えて敷地内に姿を消すところだった。

ダニエルズの判断は素早かった。
今の銃声が何だったのかは分からない。だが、敵に気づかれることなくタンゴを救出することが不可能になったのは確かだ。こうなると一秒の遅れさえも致命的となる。
事態を把握しないまま突入のサインを出すと、ダニエルズは自らが先頭に立ってゲートの扉を乗り越えた。他の三名もすぐさま続いた。
ダニエルズは敷地内に着地するとほとんど同時に、門番の一人を背後からダブルタップで仕留めた。
もう一人の門番も、ダニエルズの後に続いた隊員に撃たれ、どさりと音を立てて崩れ落ちた。
宿舎の方からサンダルで駆けつけてきたパジャマ姿の男が、サブマシンガンを構えるそぶりをみせた。
次の瞬間、男はデルタ隊員の放った二発の銃弾を顔面に受けて骸と化した。
ダニエルズは、銃撃に巻き込まれないよう身をかがめている捜査官の下に駆け寄ると、予め決められていた合言葉でお互いの身分を確認した。
捜査官に自衛のための拳銃を渡し、自分はアサルトライフルを構えて状況を確認した。
事態はまずい方向に転がっていた。
宿舎から続々と人が現れ始めている。
武器庫に駆け込む姿もみえる。
デルタ隊員たちは、拳銃からアサルトライフルに持ち替えると、工場の方から近づいてくる人影を次々と撃った。
反撃が始まるのは時間の問題だ。ならばその前に可能な限り倒しておきたい。
ダニエルズもセミオートで正確な射撃を開始した。
身をかがめて逃げ惑う人影を、片っ端から撃ちまくった。
「急げ!」
入り口の扉を開けた隊員が叫んだ。
ダニエルズは、捜査官と共に真っ先にゲートの外に飛び出した。
他の隊員もすぐさまそれに続いた。

「こいつは只事じゃないぜ・・・」
一部始終を見ていたボブが、ケンに言うともなく言った。
その時、イヤホンにリックの声が飛び込んできた。
「こちらブラヴォー・ゼロ。全ブラヴォーへ。大至急、撤収。アルファ・ツーに集合。隠密行動は不要。可能な限り早く戻れ。間もなく交戦の見込みだ」
その声は、長年リックの相棒を務めてきたボブでさえ初めて聞くほどの切迫感を漂わせていた。