決定された作戦計画を受け取ったリック・オルブライトは、チームメンバーに詳細を説明しながら考えていた。
デルタは困難もなく捜査官救出に成功するだろう。気になるのは時間的余裕のない作戦スケジュールだった。不測の事態に陥ることなく、計画通りに遂行されてちょうど良いという程にタイトで余裕がない。敵との交戦だけは絶対に避けねばならない。
作戦は成功させる。そして必ず全員を無事に帰還させる。それがリーダーとしての責任だ。
その時、リックの脳裏に浮かんでいたのはケンの顔だった。大切なチームの仲間に上も下もない。だから、極力ケンのことを特別扱いしないように努めてもいた。だが本音は違った。この世界でただ一人、血を分けた弟だけは自分や他の仲間たちがどうなろうとも、決して死なせはしない。それが兄としての責任なのだ。
ふと、幼き頃、母が自分たちの前から姿を消した時に言い残した言葉が蘇った。
「リック、あなたはお兄ちゃんなのだから、ケンを助けてあげてね」
リックの双肩に重圧がのしかかってきた。胃の辺りに鉛を飲み込んだような不快な感覚が湧き上がる。だが、こうしたプレッシャーに対処するのもまたリーダーの、そして兄としての義務なのだ。
太陽が沈み、それからさらに四時間後。工場もすっかり寝静まった頃、ケンをはじめとする四名のリーコン隊員が暗視ゴーグルを装着すると、監視所を後にしてアルファ・ワンに向かった。
生い茂る樹木によって月光が遮られるため、夜のジャングルはまさに漆黒の闇だった。暗視ゴーグルが微かな明かりを増幅し、緑色の平面的な視界を提供してはくれるが、この装置は目に極度の負担をかけるので、ときおり外して目を休める必要があった。
デルタとの合流までにはまだまだ時間があるので、あえて急ぐことはせずに、昨夜設置したクレイモア地雷の位置を再確認しながら慎重に前進した。
ケン達がアルファ・ワンに到着したのは、アルファ・ツーを出発して一時間近く経ってからだった。密林の先に開けた台地は月光に照らされており、暗視ゴーグルの必要はなかった。
ボブの指示のもと、早速二手に分かれて目印となるストロボマーカーを設置する。これは肉眼では分からないが、赤外線暗視ゴーグル越しには点滅して見え、デルタフォースはこれを目印に降下してくるのだ。
すでに複数回の実戦を経験しているケンだが、これほど大掛かりで、しかも他の部隊との合同作戦は今回が初めてだった。交戦の可能性はこれまでの実戦でもあったが、今回ほどタイムスケジュールが細かく決められている任務はなかった。
ケンは急に不安に駆られ、一瞬パニックに陥りそうになった。だが、隣でリラックスして瞑想にふけるボブに、そんな弱気な自分を感づかれたくなかったので、規則的な呼吸を繰り返して極力平静を装った。
他の二人の隊員も、各々が物思いに耽りながら作戦の開始を待っていた。あと二時間もすれば夜空にパラシュートの花を咲かせながらデルタが舞い降りてくる。
0030時。カリブ海上空を飛行するハーキュリーズの中で、八名のデルタフォースがリラックスしつつも、間もなく始まる作戦にむけて意識を集中していた。
同乗しているコロンビア軍士官はパラシュート降下の経験がないため、ベテランジャンパーの隊員と一緒にタンデムジャンプ(一つのパラシュートで二人が降下すること)で降下することになっているが、恐怖による緊張は隠しようもなく、そのせいかやたらと喋りまくっている。「アメリカ軍は立派」「デルタフォースは最強」などと、おべっかを使って隊員の機嫌を取ろうとしているが、そんな態度こが真っ先に軽蔑されることに気づいていないのは哀れでしかない。