一週間前にコロンビアに潜入し偵察任務についたフォース・リーコンのチーム、ヴァイパーから送られてくる情報は、専任の情報分析士官が吟味し作戦が具体化された。
総指揮はSOCOMの司令官が執り、実働部隊として陸軍のデルタフォースが出動する。
デルタチーム=コードネーム・アルバトロス(あほうどり)は、深夜未明コロンビアの上空四千メートルを飛行する輸送機からHALO降下。
アルファ・ワンで待機するヴァイパーと合流後、彼らの先導でアルファ・ツーまで移動。
隠密裏に工場敷地内に侵入し、見張りを処理。
救出対象である捜査官(タンゴ)の身柄を速やかに確保。
ヴァイパーと共にアルファ・ワンを目指し、そこに待機するヘリで離脱する。
捜査官の確保後にUH-60ブラックホークヘリコプターを呼び出し、アルファ・ワンに待機させておくのだが、このタイミングは非常に難しいことが予想された。
アルファ・ワンは工場から一km離れているとは言え、ヘリのローター音は深夜のジャングルの遥か彼方まで轟くだろう。すなわちヘリの到着が早過ぎては、敵にその存在を気づかれる危険がある。
とは言え、遅すぎてもまずい。というのも作戦の第二段階である空爆は実行時間が厳密に決められているからである。
作戦自体が機密のため、空爆は夜明け前に密かに実行されなければならない。そのためには、現地が夜明けを迎える0430時より前に、カリブ海沖に展開する空母からホーネットが発進する必要がある。これは本作戦において、変更できない条件の筆頭だった。
そこから逆算すると、0400時には米軍チーム、アルバトロスとヴァイパーはヘリに乗って現地を離脱しているのが望ましい。逆に言えば、敵地脱出の遅れはすなわち空爆の中止を意味する。
司令部では、米軍チームの離脱に時間的余裕を持たせるため、作戦開始時刻を前倒しにする案も検討された。だが、それでは作戦の第一段階である急襲が危険にさらされることになると結論。その案は速やかに却下された。実際、捜査官の救出は工場が寝静まった深夜だからこそ遂行可能なのは事実だった。
そのため神の鉄槌作戦のタイムスケジュールは非常にタイトにならざるを得なかった。
デルタの隊長、マット・ダニエルズ少尉は、融通の利かないタイムスケジュールに不満を感じてはいたが、自分の部下たちならば問題なくやってのけると確信していた。何といってもデルタは世界最高水準の訓練で鍛え抜かれた超エリート集団であり、ソルジャーではなくオペレーターと呼ばれる隊員たちが最も得意とする任務こそ、まさに今回のような人質救出なのだ。
ダニエルズが不安視していたのは、作戦にコロンビア陸軍士官を同行させなければならない点だった。
コロンビア国内でアメリカ軍が単独軍事行動を行うわけにはいかない。そこで、デルタに同行するかたちでコロンビア陸軍の士官が作戦に加わることになっているのだ。これで、パブロ・エスコバルの麻薬工場を壊滅させたのはコロンビア軍という建て前を保つことができる。
パラシュート降下の経験もない士官を作戦に参加させるなど言語道断だと一度は食って掛かったが、その決定事項が覆されることがないのは、ダニエルズ自身がよく分かっていた。それが軍隊というものだ。
作戦開始は三十六時間後に決まった。0100時にはコロンビア上空を飛ぶハーキュリーズから闇夜に飛び出し、明かり一つないジャングルの上空を時速320㎞で自由落下していることだろう。