「俺の兄貴も死んだ。頭が吹っ飛ぶのが見えたんだ。まさかリックが死ぬなんて、そんな事あるわけないって思ってたんだがな」
「ケンさん」
妹尾の呼びかけも耳に入らないかのように、ケンは話し続けた。
「リックや仲間たちの遺体は、今もコロンビアのジャングルに置き去りにされたままだ。国のために戦ったっていうのに野ざらしで・・・無念だろうよ。俺は連中に約束したんだ。必ず戻るって・・・だが、もう二年が・・・」
「分かった。もし気が進まないなら話はそこまでにしてくれ」
妹尾の言葉を受けて、ケンは振り返るそぶりをみせた。
「だがな、ケンさん。話すことで少しでも楽になるんなら、聞いてやることくらいはできる」
妹尾は、雨に濡れるのもお構いなしに、差していた傘をわざわざ畳んだ。ケンの話を聞かせてもらうにあたって、なんとなく同じ位置、条件に身を置かねばならないと、そんな風に感じたのだ。だから、先ほどから傘も差さずにタオルを頭に巻いただけで、雨に濡れているケンをまねてみた。
ケンは軽く頷くと再び海の方に向き直って、しばらく無言のまま雨に打たれていた。
あの時も雨が降っていた。今みたいに生暖かい雨だった。
目に焼き付いて、消すことのできない映像。
鼻の奥に、今もはっきりと蘇る匂い。
耳を聾する炸裂音。
脳みそにこびりついて、絶対に一生涯忘れられない出来事。
それらを反芻しながら、ケンは静かに話始めた。
それは、二年前の夏に南米コロンビアで麻薬組織を壊滅すべく極秘裏に実行された「神の鉄槌作戦」の顛末だった。

二年前の1992年。その夏は記録的な猛暑で今も人々の記憶に残っている。そしてケン・オルブライトにとっては、人生を大きく変える特別な夏となった。
南米コロンビアでは、七十年代より麻薬密売組織が勢力を拡大しはじめていた。
組織の巨大ネットワークは、コカインを中心とした麻薬の生産から加工、販売までをも手掛け、ドラッグビジネスで生み出される莫大な資金が、警察や治安組織の買収を可能にした。
巨万の富を築いた麻薬王たちは、強力な武器を有する私設軍隊で武装し、軍や敵対グループとの抗争に明け暮れた。麻薬王の私設軍は、欧米からフリーランスの優秀な兵士を顧問に迎えることで練度を上げ、その能力はコロンビア正規軍を凌駕するほどになっていた。
中でも最大の組織メデジン・カルテルを創設したパブロ・エスコバルは、強大な麻薬帝国を築き、警察官をはじめとする敵対人物四百名以上を殺害。絶対的な恐怖でコロンビアを支配していた。
世界最大の麻薬消費国という汚名を冠するアメリカにとって、パブロ・エスコバルの存在は長年、頭痛の種だった。
八十年代後半、コロンビアから大量に流入するコカインの元を絶つべく、アメリカの諜報機関が行動を開始。パブロ・エスコバルの殺害とメデジン・カルテルの壊滅を最終目的とするアメリカの麻薬戦争がここに幕を開けた。これはDEA(米国麻薬取締局)、CIA(中央情報局)、特殊作戦群直属の情報部隊ISA、さらに特殊部隊、海兵隊が参加する、アメリカが国家の威信をかけた総力戦に発展した。
それから数年後の1993年には、米軍特殊部隊の協力を得たコロンビア警察特殊部隊が、遂にパブロ・エスコバル殺害に成功する。長年に及ぶ麻薬戦争の大きな区切りとなったその出来事は、世界的にも大々的に報道された。
だがその前年に、ジャングルの奥地にあるパブロの麻薬精製工場を破壊すべく、非公式軍事作戦「オペレーション・ゴッズ・ハンマー(神の鉄槌作戦)」が実行されたことを知る者は、米軍の関係者でも多くはない。