豆を挽く音と外の雨音、そしてレコードの音だけが聞えていた。
「いい音楽ですね」
「え?」
「今、かかってるレコードです」
「ああ、これね。若い頃に観た映画の音楽なんです」
「へぇ、恋愛映画か何かで?」
「いいえ。ほとんど覚えてないんですけど・・・ハードボイルドっぽい映画だったかな、確か」
「ハードボイルド・・・お好きなんですか?そういうの」
「特にそういう訳じゃなくて。当時はたくさん映画を観に行ってたから。現実逃避したいだけで、内容なんて正直、何だってよかったの」
豆を挽き終えた悦子は、レコードジャケットを妹尾にみせた。
「この映画です」
「ロング・グッドバイ」
妹尾が声に出してタイトルを読み上げた。
「長い別れ・・・そんな内容だったのかしらね、やっぱり覚えてないわ」
悦子は苦笑いした。
長い別れ・・・か。
妹尾は考えた。ケン・オルブライトとの永遠の別れを数時間後に控えた今日という日を彩るには、あまりにもピッタリの題名ではないか。
昨夜ホテルで、最終確認ともいえる入念な殺しのシミュレーションを終えて以降、妹尾の精神状態はプロの掃除屋に相応しい状態にあった。ターゲットに接近し過ぎることの不安は杞憂に終わった。一切の後ろめたさもなく、自分はケン・オルブライトを始末できる。井口母娘もケンも知ったことではない。それが本来の妹尾だった。
悦子がペーパードリップでコーヒーを淹れ始めた。その所作はいつ見ても惚れ惚れするほど美しい。
「せっかくの祭りなのに、あいにくの天気ですね。中止になったりしないんですかね」
「ええ、明日の花火大会は分からないけど、奉納祭が雨で中止ってことはないと思いますよ。屋台の数が少なかったりはするでしょうけどね」
「そうですか」
「お祭は明日が本番ですから、今日のうちに上がってくれるといいんですけどね、雨。じゃないと妹尾さんだって写真撮るのに困るでしょ?」
「はい。今日はともかく明日は晴れてもらわないとね。編集長に怒られちゃいますよ、何しに天ヶ浜まで行ってきたんだって。ところで例の儀式ですが・・・」
「献呈の儀?」
「それです。楽しみでしょう?舞子さんの晴れ姿」
「ええ、それはもう」
嬉しそうに微笑みながら、悦子は小声でつけ加えた。
「見に行くの、あの子には内緒なんですけどね」
身支度を整えてキャプを被ったケンと舞子が下りてきた。
「お待たせ~。妹尾さん、ケンさんにバスタオル二枚持たせてあるから使ってね。あと、サンドイッチはお昼に食べて下さいね」
「お、そいつは嬉しいね。ありがとう」
「舞子が作ったんですよ、それ」
付け加えるように悦子が言った。
「おぉ、それはますます嬉しいな。舞子ちゃん、ごちそうさまね。ありがたく頂きます」
「そんな、サンドイッチ程度で褒められちゃ、逆に何だか悲しいわ。わたし、こう見えて結構色々作れるんですよ」
「そう、舞は料理上手いね。ハンバーグおいしいかったね」
ケンにそう言われて、照れ臭そうにしている舞子のはにかんだ表情は随分と幼く、まるで少女のように見えた。
「いい音楽ですね」
「え?」
「今、かかってるレコードです」
「ああ、これね。若い頃に観た映画の音楽なんです」
「へぇ、恋愛映画か何かで?」
「いいえ。ほとんど覚えてないんですけど・・・ハードボイルドっぽい映画だったかな、確か」
「ハードボイルド・・・お好きなんですか?そういうの」
「特にそういう訳じゃなくて。当時はたくさん映画を観に行ってたから。現実逃避したいだけで、内容なんて正直、何だってよかったの」
豆を挽き終えた悦子は、レコードジャケットを妹尾にみせた。
「この映画です」
「ロング・グッドバイ」
妹尾が声に出してタイトルを読み上げた。
「長い別れ・・・そんな内容だったのかしらね、やっぱり覚えてないわ」
悦子は苦笑いした。
長い別れ・・・か。
妹尾は考えた。ケン・オルブライトとの永遠の別れを数時間後に控えた今日という日を彩るには、あまりにもピッタリの題名ではないか。
昨夜ホテルで、最終確認ともいえる入念な殺しのシミュレーションを終えて以降、妹尾の精神状態はプロの掃除屋に相応しい状態にあった。ターゲットに接近し過ぎることの不安は杞憂に終わった。一切の後ろめたさもなく、自分はケン・オルブライトを始末できる。井口母娘もケンも知ったことではない。それが本来の妹尾だった。
悦子がペーパードリップでコーヒーを淹れ始めた。その所作はいつ見ても惚れ惚れするほど美しい。
「せっかくの祭りなのに、あいにくの天気ですね。中止になったりしないんですかね」
「ええ、明日の花火大会は分からないけど、奉納祭が雨で中止ってことはないと思いますよ。屋台の数が少なかったりはするでしょうけどね」
「そうですか」
「お祭は明日が本番ですから、今日のうちに上がってくれるといいんですけどね、雨。じゃないと妹尾さんだって写真撮るのに困るでしょ?」
「はい。今日はともかく明日は晴れてもらわないとね。編集長に怒られちゃいますよ、何しに天ヶ浜まで行ってきたんだって。ところで例の儀式ですが・・・」
「献呈の儀?」
「それです。楽しみでしょう?舞子さんの晴れ姿」
「ええ、それはもう」
嬉しそうに微笑みながら、悦子は小声でつけ加えた。
「見に行くの、あの子には内緒なんですけどね」
身支度を整えてキャプを被ったケンと舞子が下りてきた。
「お待たせ~。妹尾さん、ケンさんにバスタオル二枚持たせてあるから使ってね。あと、サンドイッチはお昼に食べて下さいね」
「お、そいつは嬉しいね。ありがとう」
「舞子が作ったんですよ、それ」
付け加えるように悦子が言った。
「おぉ、それはますます嬉しいな。舞子ちゃん、ごちそうさまね。ありがたく頂きます」
「そんな、サンドイッチ程度で褒められちゃ、逆に何だか悲しいわ。わたし、こう見えて結構色々作れるんですよ」
「そう、舞は料理上手いね。ハンバーグおいしいかったね」
ケンにそう言われて、照れ臭そうにしている舞子のはにかんだ表情は随分と幼く、まるで少女のように見えた。