「いやぁ、知らないなぁ、映画とかほとんど見ないもんでね」
「戦争映画らしいんですけどね」
「あ、舞子ちゃんも観たことないんだ」
「ええ、わたしも全然知らないんです。なんかね、ケンさんがこの映画の曲が好きなんですって」
「へぇ、そうなの」
舞子の言葉にちょっと興味をそそられた。
「ケンさんは戦争映画が好きなのかな?」
「ていうか、ケンさん軍隊にいたでしょ。その時に・・・」
「え、ケンさん軍隊にいたの?」
妹尾は、わざととぼけて聞いてみた。
「あ、言ってませんでしたっけ?」
「うん、初耳」
「彼、アメリカ軍にいたんですよ。その頃一度天ヶ浜にも来てるんです。まだわたしが高校の頃だから・・・もう七年くらい前かな」
「そうだったんだね。何で軍を辞めちゃったんだろう」
「聞いてないです・・・なんか、ちょっと聞けない雰囲気っていうのかな・・・」
そのまま二人の会話は途切れ、居心地の悪い沈黙がしばらく続いたが、やがて電車は天ヶ浜の駅に到着した。
二人は内心ほっとしながら電車を降りた。
改札を出ると妹尾が言った。
「じゃぁ、自分はここで」
「え?」
「泊ってるホテル、すぐそこなんで」
「あれ?今日は飲みに来ないんですか?」
「ははは、行きたいところだけど遠慮しとくよ。明日の釣りに備えてね」
「そっか、分かりました」
「ケンさんに伝えてもらえるかな。明日、朝九時にそちらに行くから、休みだからって寝坊しないようにって」
「了解です。わたし、このままケンさん迎えに行くので伝えときますね」
「毎日迎えに行ってるんだね」
「てへへ、ケンさん方向音痴だから・・・それじゃ失礼します」
照れ隠しに敬礼のポーズをとって舞子は去っていった。その後ろ姿は、ヘトヘトといっていた割りには軽やかな足取りだった。
ケンの好きな曲が入ったCDを探し求めて何件も店を回る舞子の健気さが、妹尾には縁のない感情で、それゆえに眩しかった。好きな者のために行動できる舞子が羨ましかった。
明日の昼以降、遅くとも夜には彼女も知るだろう。「井口舞子の人生」という舞台から大切な男が不意に退場し、彼女の物語は大きな変化を迎えるということを。
だが、「妹尾の人生」という自分の物語においては、舞子の物語がどう変わろうとも関係ない。そんなことに思いを馳せる暇があったら、銃のメンテナンスでもしていた方が、この稼業においては遥かに有益だ。
とにかく明日だ。ホテルに戻ったら明日の準備をして、今夜は早めに寝るとしよう。