ひと気のないホームに立つ男たち。ケンとの距離は十メートルもない。
奇襲が、例えコンマ何秒かでも敵の思考を撹乱し、動きを鈍らせるのをよく知るケンは、電車が発車すると同時に行動に移っていた。
真っすぐに、二人の方に向かってずんずんと歩くケンの左手にはバッグが、そして右手には逆手に握られたナイフがあった。
一切の迷いなく確信を持って前進するケンの心は、その大胆さとは裏腹に静かに落ち着いていた。だから二人組が呆気にとられて固まっている様子も、手に取るように分かった。素人相手の路上の喧嘩ならいざ知らず、一瞬の判断で生死が決まる本当の戦闘を、この二人は知らない。
自信に満ちたケンの動きは、滑らかでありながら激烈だった。
我に返って、懐から何かを取り出そうとする一人目の男。
今や、そのすぐ手前に迫ったケンは、相手を牽制すべく顔面目がけてバッグを投げつけた。
男が反射的に顔をかばおうとした一瞬、すかさず半身に体を翻すケン。
ほぼ同時に、素早いサイドステップを踏んで男の膝頭に全力の蹴りを叩き込んだ。
苦痛に表情をゆがめながら、バランスを崩して倒れかかる男の顔面はがら空き状態だ。
その無防備な顔に、間髪入れず固いブーツで蹴りを打つ。
折れた前歯が小石のように散らばった。
そのまま流れるように動きを止めず、すぐ後ろで茫然と立ち尽くす二人目の男の股間を、ケンのブーツが蹴り上げる。
食いしばった歯の隙間から、シーっと空気を漏らしながら前かがみに崩れる男。
その左耳の下に、ナイフを握って固く締めた右の拳骨を打ち込んだ。
相手のダメージを確認する前にすかさず振り向いて、一人目の男の反撃に備えてナイフを構えるケン。
男は血まみれの口を押えながらケンを見上げているだけだ。その目は涙で濡れており、ショックを隠し切れない。
再び二人目の方を振り返ったケンだが、こちらも股間を抑えながら込み上げる吐き気を堪えるのに必死だ。
その横を、彼らが乗って来た下り電車が走り去って行った。
わずか十秒程の出来事だった。
ホームを再び静けさが包んだ。
わざわざとどめを刺して、事を荒立てたる必要はない。
襲撃に失敗して無様な姿を晒す二人組が、激痛に呻きながら、それでも悲鳴だけは上げまいと意地をみせているのも、問題を大きくしたくない一心からだろう。きっと次の上り電車で逃げ帰るはずだ。
そう判断したケンは、右手に握ったナイフをシースに戻すと、傍らに転がるバッグを手に取って、ホーム端から線路に降りた。
柵を乗り越えて駅の外に出た時、知らぬ間に心拍数が上昇しているのに気が付いた。
ケンは深呼吸を繰り返した。ひんやりした夜気をたっぷり吸いこみながら、平常心を取り戻そうと努めた。
ホームで痛めつけられた二人を、駅員が発見するのが先か、それとも上り電車に乗ってシマに帰るのが先か。いずれにせよ、ケンにとっては一刻も早く、駅の周辺から離れるのが賢明だ。
こんな田舎町では、駅周辺といっても夜更けに人影はない。
駅前の古い商店街もとっくにシャッターが下りている。そのうちの半分は昼になってもシャッターを上げることはない。
アーケードの街灯は、寒々しい光を歩道に落とし、その一つが切れかかって点滅している。それがケンの目に映る唯一動きのある存在だった。
昭和四十年代から変わらずに在り続ける電化製品の看板。地元スーパーのシャッターに描かれたマスコットキャラクターは、塗装が剥がれたまま無邪気な笑みを投げかけている。
奇襲が、例えコンマ何秒かでも敵の思考を撹乱し、動きを鈍らせるのをよく知るケンは、電車が発車すると同時に行動に移っていた。
真っすぐに、二人の方に向かってずんずんと歩くケンの左手にはバッグが、そして右手には逆手に握られたナイフがあった。
一切の迷いなく確信を持って前進するケンの心は、その大胆さとは裏腹に静かに落ち着いていた。だから二人組が呆気にとられて固まっている様子も、手に取るように分かった。素人相手の路上の喧嘩ならいざ知らず、一瞬の判断で生死が決まる本当の戦闘を、この二人は知らない。
自信に満ちたケンの動きは、滑らかでありながら激烈だった。
我に返って、懐から何かを取り出そうとする一人目の男。
今や、そのすぐ手前に迫ったケンは、相手を牽制すべく顔面目がけてバッグを投げつけた。
男が反射的に顔をかばおうとした一瞬、すかさず半身に体を翻すケン。
ほぼ同時に、素早いサイドステップを踏んで男の膝頭に全力の蹴りを叩き込んだ。
苦痛に表情をゆがめながら、バランスを崩して倒れかかる男の顔面はがら空き状態だ。
その無防備な顔に、間髪入れず固いブーツで蹴りを打つ。
折れた前歯が小石のように散らばった。
そのまま流れるように動きを止めず、すぐ後ろで茫然と立ち尽くす二人目の男の股間を、ケンのブーツが蹴り上げる。
食いしばった歯の隙間から、シーっと空気を漏らしながら前かがみに崩れる男。
その左耳の下に、ナイフを握って固く締めた右の拳骨を打ち込んだ。
相手のダメージを確認する前にすかさず振り向いて、一人目の男の反撃に備えてナイフを構えるケン。
男は血まみれの口を押えながらケンを見上げているだけだ。その目は涙で濡れており、ショックを隠し切れない。
再び二人目の方を振り返ったケンだが、こちらも股間を抑えながら込み上げる吐き気を堪えるのに必死だ。
その横を、彼らが乗って来た下り電車が走り去って行った。
わずか十秒程の出来事だった。
ホームを再び静けさが包んだ。
わざわざとどめを刺して、事を荒立てたる必要はない。
襲撃に失敗して無様な姿を晒す二人組が、激痛に呻きながら、それでも悲鳴だけは上げまいと意地をみせているのも、問題を大きくしたくない一心からだろう。きっと次の上り電車で逃げ帰るはずだ。
そう判断したケンは、右手に握ったナイフをシースに戻すと、傍らに転がるバッグを手に取って、ホーム端から線路に降りた。
柵を乗り越えて駅の外に出た時、知らぬ間に心拍数が上昇しているのに気が付いた。
ケンは深呼吸を繰り返した。ひんやりした夜気をたっぷり吸いこみながら、平常心を取り戻そうと努めた。
ホームで痛めつけられた二人を、駅員が発見するのが先か、それとも上り電車に乗ってシマに帰るのが先か。いずれにせよ、ケンにとっては一刻も早く、駅の周辺から離れるのが賢明だ。
こんな田舎町では、駅周辺といっても夜更けに人影はない。
駅前の古い商店街もとっくにシャッターが下りている。そのうちの半分は昼になってもシャッターを上げることはない。
アーケードの街灯は、寒々しい光を歩道に落とし、その一つが切れかかって点滅している。それがケンの目に映る唯一動きのある存在だった。
昭和四十年代から変わらずに在り続ける電化製品の看板。地元スーパーのシャッターに描かれたマスコットキャラクターは、塗装が剥がれたまま無邪気な笑みを投げかけている。