遺体が発見された時、ケンの死因が海に転落して溺れた、いわゆる事故死ではなく、銃によって殺された事件であると判明するまでにどの程度時間がかかるだろうか。
その事件性から、容疑者として真っ先に浮かび上がるのが自分であることは百%確実である。
重要なのは、その時、すでに天ヶ浜を後にした自分が、痕跡を残さずにどこまで逃げおおせているかということだ。逃亡の時間稼ぎのためにも、遺体発見までに時間がかかることが望ましいのは言うまでもない。だがそれ以上に、発見されてもしばらくは溺死と思わせておくことの方が大事だ。
そのためには銃創が目立ちにくく、それでいて撃たれれば必ず死亡する部位、つまりは耳の後ろの付け根に正確な一発をお見舞いする必要がある。気配を消してケンの背後に立ち、銃を抜いて必殺の一発を撃ち込む。殺し屋としての技量が最も問われる瞬間はそこだ。
カメラ屋を後にした妹尾は、駅に向かいながら、頭の中でケン・オルブライト射殺のシミュレーションを繰り返していた。スポーツ同様に、殺しにもイメージトレーニングは欠かせない。だが、不測の事態に陥った時には、狼狽えて自滅するのではなく、素早く思考を切り替えて次の行動を選択しなければならない。柔軟な対応のためには、あまりイメージを固めすぎるのも良くないということも経験則から分かっている。
そんなことを考えながら、駅のホームで下り電車を待っている時だった。
「妹尾さん」
突然、背後から声をかけられた妹尾は、驚きのあまり手に持っていた買い物袋を危うく落としそうになった。
振り返ると、そこには舞子が立っていた。
「あ、ごめんなさい、驚ろかしちゃって」
妹尾の慌てふためく様があまりにも大げさだったので、舞子も驚いた。
「あ、舞子ちゃんか・・・いや、驚いた。こんな所に知り合いなんかいるはずないのに誰だろうって」
「何か、考え事してるなーって思ったから声かけるの、どうしようか迷ったんですけど。今日はお買い物?」
「ええ、そう。ほら、明日の」
妹尾は、釣り具が入った大きな買い物袋を掲げてみせた。
「舞子ちゃんは?」
「わたしも買い物。目当てのCD探してショップ何件もはしごしちゃったから、もうヘトヘト」
下り電車が速度を落としながら、ゆっくりとホームに入ってきた。
車内は下校中の学生や仕事帰りのサラリーマンで混んでいた。
つり革に掴まって並んだ妹尾と舞子はお互い、軽く緊張しつつも話しを続けた。
「その探してたCDってのは、あったのかな?」
「ありました」
「そいつは良かったね」
「でも大変でした。どこのCDショップにも置いてなくて、取り寄せだっていうんだけど。どうしても明後日までに必要だったから」
「ほぉ」
「で、諦めて帰ろうとした時に何気なく中古屋さんに立ち寄ったんだけど、何とそこにあったの、中古のCDが」
「へぇ」
「古着とか本とかしか売ってないと思ったんだけど、奥に少しCDも置いてあって。まさかそんなところにあるなんてね」
「ラッキーだったね、で、その探してたCDってのは?」
「映画のサウンドトラックなんです」
舞子は袋からCDを出してみせた。
「妹尾さん知ってます?『マッシュ』って映画」