舞子は即答できなかった。まだ誘ってはいないものの、日曜日はケンと一緒に祭りに行く予定でいたのだが、十二遣徒をやるとなると・・・。
舞子はちらっとケンの方を見た。
その様子を察した悦子は、相沢に聞いた。
「相沢さん、あの献呈の儀って夜よね?」
「うん、七時にスタート。式全体が三十分程度。十二遣徒が出てくるのは最後の十分くらい」
「だったらいいんじゃない、舞子。式の前にケンさんとお祭り楽しむ時間、十分にあるわよ」
相沢もようやく舞子が渋る理由に気がついた。
「ああ、そりゃもう大丈夫。六時半に神社の本堂に集まってもらって、軽く段取り説明するから。それまでたっぷり二人でデート楽しんでもらってね」
自分でケンを誘うまでもなく、デートをする既成事実ができたことに、舞子はちょっとほっとした。
「終わってからだって、隣の学校でやる花火にも十分間に合うよ。こっちはそういう風にタイムスケジュール組んでるんだからね。だって彼氏だって舞子ちゃんの晴れ姿見たいでしょ?」
相沢はケンに向かって言った。
「ちょっとぉ、彼氏って・・・」
否定しようとした舞子の言葉をさえぎったのは妹尾だった。
「いいじゃないですか。写真、ばっちり撮らせてもらいますよ。モデルがこんなに美人じゃ、タウン誌に載ったらファンが大勢できそうだなぁ」
無責任なことを言う自分に、妹尾は感じるべきではない罪の意識を覚えた。
天懇献呈の儀が執り行われる日曜日には、自分はすでにここにはいない。ケンも舞子の晴れ姿を見ることなく、この世から消える。
「うーん」
煮え切らない舞子だったが、内心では相沢の申し出を受け入れる決意はほとんど固まっていた。代打とはいえ、こうしたオファーが来たという事実は、舞子の自尊心を少なからず満たした。
都会での仕事に耐えられなくなって、地元に逃げ戻ってきたという負い目から、すっかり自信を失っていた舞子は、とりわけかつての自分を知る人間とは顔を合わせたくなかった。そのため、こちらに戻ってからの半年間は、あまり外を出歩くこともなかったのだが、十二遣徒の一人に選ばれたことで、何かが変わるきっかけになればという漠然とした期待が芽生えた。
舞子はちらっとケンの方を見た。その視線を受け止めたケンは、やさしく笑いながら親指を立ててみせた。
実はケン自身も、期待を胸に秘めつつ奉納祭が始まるのを楽しみにしていた。
それは、かつて若き海兵隊員だった時に軍用トラックの荷台から見た、あの幻想的とも言える祭りの光景が、本当に再び現出するのかといった個人的興味だった。
あの日から数年たった今も、白日夢のような映像として鮮明に思い出せるあの瞬間。あの時の空気の匂いまでをも蘇らせるほど強烈な記憶だ。
もしこの週末に、再びあの幻の町が姿を現すのであれば、失くしたものを取り戻せるかもしれない。無邪気だったあの頃に帰ることは不可能なことくらい、十分承知している。だが、そんな不可能が可能になる魔法の空間があるとしたら、奉納祭が行われているここ、天ヶ浜以外にない。
ケンはそんな、何の根拠もない自分の考えを信じ、それにすがりたかった。
「良かったね、舞。楽しみね、舞の・・・アー」
「晴れ姿!」
相沢と悦子が、ほとんど同時に言った。
「Yes!」
笑いながら頷いたケンがサムズアップで応える。
妹尾がダメ押しとばかりに続けた。
「では、決まりということで・・・舞子さんの晴れ舞台の成功を祈って乾杯といきますか」
「乾杯までされたら断れないじゃん」
照れ臭そうに笑いながら、舞子はこの思いがけない展開に満足感を覚えていた。