この宴会をセッティングした目的を無事に果たせたことで、緊張が緩んだせいもあってか、妹尾はふと考えてみた。
もし魚を献上することで本当に願いが叶うのならば・・・。
いや、自分は何を考えているのだ。
妹尾は慌てて考えを打ち消した。
徹底したリアリストで、自分の能力だけを信じて生きてきた妹尾が、一瞬とはいえ都合のいい昔話に真剣に思いを馳せた事実には、自分自身驚いた。
やはり、潮時かも知れないな。
「舞のお願い、何?」
今度はケンが舞子に話を振った。う~ん、としばらく考えた舞子が答えようとしたその時、入り口のドアが勢いよく開いた。
「毎度!」
陽気な声の主は、常連客の相沢だった。
「あら、相沢さん。いらっしゃい」
「およよ、皆さん、お揃いだね、僕も混ぜてもらっていいかな?」
「もちろん。こちらへどうぞ。相沢さん、何にします?」
「じゃぁねぇ、とりあえず生ビール」
「はい、生ビール一丁」
舞子が引き継いで、カウンターの奥にあるビールサーバーからジョッキに注いだ。
妹尾とは初対面の相沢が、悦子をみながら聞いた。
「えーっと、こちらのお兄さんは?」
「あ、初めてだったわね。こちらフリーカメラマンの妹尾さん。奉納祭の写真撮りにきてらっしゃるの」
「初めまして。妹尾です」
「へぇ、カメラマン。新聞か何かに載るの?」
「あ、東京の小さなタウン誌なんですが・・・」
「まぁ、宣伝しっかりたのむね」
「お、さすが実行委員!はい、生ビールお待たせ」
舞子が茶化しながらジョッキを置いた。
「はい、サンキュー。いやいや今日はね、舞子ちゃんにお願いがあってきたの。酔っぱらう前に言っとかなくちゃな」
「え?何、お願いって・・・恐いんですけど」
「あのね、天懇献呈の儀ってあるでしょ。あれ見たことある?」
「小さい頃に見たっきり」
「じゃぁ知らないかな、十二遣徒って」
「何です、それ?」
「町民を代表してね、選ばれた男女十二人が、みんなから預かったお供え物を順番に捧げていくんだけど、その十二人が十二遣徒」
「それで?」
他の三人も、興味深く二人の人の会話の行方を見守った。
「その中の一人がさ、女子高生の子なんだけど、部活をやっててね。卓球だったかバドミントンだったかな。その子が地区大会で勝っちゃって、今度県大会に出場するんだって」
「めでたいじゃん」
「その県大会が、今度の日曜日だっていうのよ」
「あちゃー・・・で、わたしにお願いって?」
そう聞きながら、舞子は想像がついていた。
「その子の代わりにね、舞子ちゃんに十二遣徒やって欲しいの」
やはりそうきたか。
「えぇ、無理だよ、そんないきなり」
「いや、別に難しいことじゃないの。お供え持ってゆっくり歩くだけ。普段着でも問題ないし」
「いきなり言われてもなぁ」
「みんなやりたがるんだよ、十二遣徒。良い記念になるしさ。ねぇママ」
「そうね、いいと思うわ。今年は浴衣の出番がありそうね」
「いゃぁ、そういうことでなく・・・」