「ほほー、これは立派な。いや、芸術のことは詳しくありませんが、この作品が素晴らしいのは十分に分かりますよ」
それは嘘ではなかった。昨夜、初めてこの店を訪れた時から、バックライトに照らされて存在感を放つこのステンドグラスの壁画には目をみはっていたのだ。
「今、工房は舞子以外入れないんです。立ち入り禁止ですって」
「立ち入り禁止?」
カウンターを挟んで、顔を寄せ合いながら妹尾と悦子は静かに会話を続けた。
「そ、立ち入り禁止。何を作ってるのか秘密にしておきたいみたい。まぁ同じ作家としては分かりますけどね、あの子の気持ち」
「そういうもんですか」
「ええ。作品は自分の分身ですから。制作途中を見られるのって、裸や下着姿を見られるようなものですよ、気持ち的には」
「・・・・」
「でもね、私、嬉しいんです」
工房のドアに目をやる悦子の表情は、まさに娘を思う母のそれだった。
「創作活動に打ち込んでる舞子を見るのが、母親としては何より幸せなんです。だって、ここだけの話ですけど、ほんの半月前くらいまでは、脱け殻みたいだったんですよ」
「舞子さんが?何かあったんですか」
「まぁ、色々と・・・今は、作品を制作しながら舞子自身きっと充実してると思うんです。こんな幸福な日々が、この先もずっと続いて欲しいんですけどね」
悦子の声には、わが子の幸福な人生を切実に願う気持ちが込められていた。それと同時に、幸せな今の時間もやがては終わりを迎えるという、現実世界の厳しさを理解した諦念を感じさせた。
「舞子さん、どうして変わったんですかね・・・その、半月前までは脱け殻のようだったのに、今は創作活動に打ち込んでる」
「まぁ・・・想像はつきます」
悦子は何かを含むような、意味ありげな笑みを浮かべた。

辺りが薄暗くなりはじめた頃、舞子が首を回してコリをほぐしながら工房から出てきた。
「あ、お客さん来てるなって思ってたんだけど。妹尾さんだったんだね」
「ええ、お邪魔してますよ。今夜もまた四人で一緒に飲もうってお母さんに話してたところ」
「わぁ、いいですね。今日も妹尾さんのおごり?」
「え、あぁ・・・」
「こら、そんなわけないでしょう」
妹尾が答える前に悦子が割って入った。
「あ、いや、おごりますとも。昨夜は楽しかったしね」
「え、いや、あの・・・冗談ですよ」
真に受けとめられた舞子も、慌てて撤回した。
「いやいや、ほんとにおごるよ、舞子ちゃん。だから今夜はお祭りの話を聞かせてくれるかな。ほら、自分初めての取材なんで。何を撮ったらいいかとか」
「オッケーです。こちらの店主さんが恐いので、おごって頂くわけにはいきませんけども。そういう事なら、今夜もみんなでパーッとやりますか」
「ったく、調子いいわね、この子ったら」
舞子は、ぷっと頬を膨らませておどけてみせた。
「ほら、さっさと迎えに行きなさい。ケンさん待ってるわよ」
「うん。じゃぁ妹尾さん、また後ほど」
うきうきと嬉しそうな様子で、軽やかに出て行く舞子の後ろ姿を見送った妹尾は、悦子に向き直った。
「彼女、とても脱け殻だったとは思えませんね」
悦子は何も言わずに、ただにっこり笑って頷いた。