「俺の実家さ。もしそこに俺がいなくても、うちの親が居場所を教えてくれるはずだから」
「ああ、分かった。きっと行くよ」
その気はない妹尾だったが、それでも社交辞令だけで返した言葉でもなかった。何となくユーリとは、仕事を抜きにしても良い友人関係を築けそうな気がした。
二人はしっかりと握手を交わして別れた。

日本海沿いを走る特急を下車する頃には、日もすっかり傾いていた。目的地である天ヶ浜の駅は特急が停まらないため、妹尾は鈍行に乗り換える必要があった。天ヶ浜にはローカル電車に揺られてニ十分ほどで到着する見込みだった。
ゆっくりと走る電車の窓から外の景色を眺めると、夕暮れの日本海上を軍用輸送機が飛んで行くのが見えた。その馴染みの機影に、妹尾は一瞬、自分が今も軍隊にいるかのような錯覚にとらわれて混乱した。だがすぐに、この先に自衛隊の演習場があることを思い出した。あの輸送機は、そこに向かっているに違いない。
列車の進行方向に目をむけると、ゆるやかに湾曲した海岸線のはるか先に、街明かりが微かに見える。ふと、いつかみた夢を思い出した。
その夢の中で、自分は海岸の砂浜を歩いていた。時間帯はちょうど今くらいだっただろうか。水平線の彼方に天使が落ちてゆくのを眺めていた。
夢の中では決して辿り着くことのできなかったその町と、自分が間もなく下り立とうとしている天ヶ浜が何となく重なってみえた。
やがて、夕闇の中に造船所のシルエットが見えてきた。ここが今回の、そしてもしかすると最後の仕事場だ。
妹尾はカメラバッグを担ぐと席を立った。