フランス外人部隊の初回契約期間である五年間を無事に終えた妹尾は、引き続き三年の契約更新を果たした。その間、敵の軍隊やテロリストを相手にした銃撃戦を経験することはなく、それを求めて入隊した妹尾にとってはやや物足りない感じさえした。
だが一方で、戦闘行為こそないものの、危険な戦場に何度も出動した。
さらに日本では先ずあり得ない程の実弾訓練に励んだおかげで、フランス製自動拳銃MAS50やFA-MAS突撃銃、さらに当時採用されたばかりの自動拳銃ベレッタ92など、数々の銃器の操作を習熟していった。
それでもやはり、外人部隊にくる前から自国の軍隊で訓練を受け、銃器の扱いに長けた隊員のレベルには遠く及ばなかった。妹尾が外人部隊との契約を更新し、第二期目に入った頃、ユーリ・クラウゼという名のドイツ人が第2落下傘連隊に入隊してきた。ユーリは外人部隊にくる前はGSG9(ドイツ第九国境警備隊)の隊員だったという。
一九七二年のミュンヘンオリンピックにおいて、パレスチナゲリラが選手村を襲撃、人質全員死亡という最悪の結末に終わった悲劇をきっかけに誕生したGSG9。創設時にはSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の助力を受け、その後ハイジャック事件をはじめとする数々の実戦に投入され技量を磨き上げてきた西ドイツの誇る最強の対テロ特殊部隊である。
GSG9隊員は言うまでもなく能力、士気ともにずば抜けて高く、こと射撃技術においては他の追随を許さないレベルにある。
妹尾がユーリの射撃を初めて見た時の衝撃は未だに忘れられない。まるで精密機械のように滑らかな動きと電光石火のスピードは人間技とは思えなかった。命中率も抜群に高く、ほとんどが的の中央に集まっていた。外人部隊では新人ながら、その金髪蒼眼の若きドイツ人は、すぐさま一目置かれる存在となった。
射撃に関しては、訓練量の割には成果を出せていない妹尾は、そんなユーリによくアドバイスを乞うた。その度に、構え方から呼吸の仕方、グリップの握り方、トリガーの引き方にサイティングテクニックまで丁寧に教えてくれた。
「セナ、ここにいては使うことはないだろうけどね、銃器はやっぱり西ドイツだよ」
「へぇ、そんなに違う?」
「もう全然違うね。前にいた隊じゃヘッケラー&コッホのMP5っていうサブマシンガンを使ってたけど、反動は少ないし命中精度は高いし、おまけに使用するのは拳銃と共用できる9ミリ弾だ」
「それは大きな利点だね」
「そうさ。俺の読みではね、これからの戦闘は市街地戦が中心になっていくと思う。だから近接戦闘のテクニックだって磨かなければならないし、そんな時にはライフルじゃなくて小回りの利くサブマシンガンに限るよ」
「いいねぇ、撃ってみたいなぁ。でも、そんなチャンスはないね」
残念そうにしている妹尾に、ユーリが言った。
「いや、あるよ。セナが本気で撃ちたいならね」
「え!マジで?」
「ああ。やる気ある?」
「もちろん」
ユーリは意味ありげな笑みを妹尾に投げかけた。
「OK。じゃぁ、今度の休みの日、俺に付き合いなよ」
次の非番の日、妹尾はユーリに連れられてフランス本土に渡り、さらにバスに揺られてパリの郊外に向かった。コルシカ島カルヴィの駐屯地を出発してから約四時間、彼らの目的地は豊かな自然に囲まれた射撃場だった。
広大な敷地面積を誇るその施設は、屋内だけでなく、立地を活かした多彩な屋外レンジが魅力で、小さな市街地を模したコースや狙撃レンジも兼ね備えている。外人部隊をはじめ、フランスの軍、警察関係者もよく使う施設であり、最新鋭の設備、安全性と秘密保持が約束されていた。
