太陽はもう水平線に沈んでいるが、辺りはまだ明るい。
あらゆる物から影と色彩が消えるひと時。
黄緑色と灰色、その中間のようなモノトーンの世界。
一日二十四時間の中に、わずか二十分程度しかない不思議な時間帯。
男は海岸を歩いていた。
打ち寄せる波の音以外は何も聞こえない。
軍用コートを着込み、背中を丸めながら歩く男のシルエットは寒々しく、どこか寂し気に見える。
ミリタリーブーツの靴底がスタンプのように、湿った砂の上に幾何学模様を残してゆく。背後に規則正しく続く足跡は、すでに男がかなりの距離を歩いてきたことを物語る。
海岸に沿って道路が走っているが、そこを行き来する車の姿は、さっきから全く見かけていない。
歩きながら男は思った。
自分は、なぜこんな所を歩いているのか。
一体どこへ向かっているのか。
やがて、湾曲した海岸線の遥か先に街明かりが見えてきた。
波の音しか聞こえない静寂の中、世界に自分だけが取り残されてしまったかのような、そんな孤独を感じながら歩き続ける男にとって、他者の存在を知らせるその明かりは、どんなに小さく弱々しくとも、勇気を奮い起こさせてくれる希望だった。
とっくに体力を使い果たしているはずの男だが、その足取りは衰えない。
疲労困憊していても、決して折れない心を持っている。
男はかつて、そうした訓練を受けてきたのだから。
男は歩き続けた。
不思議なことに、いくら歩いても街明かりは一向に近づく気配がない。
男はかすかに不安を感じた。
果たして、あの町に辿り着けるのだろうか。
そもそも、あれは本当に町なのか。
夕陽が沈んでから、もう随分と時間が経つはずだ。それなのに辺りは今も薄明りに包まれているのはなぜだろう。
しばらくすると、波打ち際に横たわる黒い物体が見えてきた。
徐々に近づくにつれて、それが思ったよりも大きいことが分かった。
物体までの距離が五十メートル程になって、とうとうその正体が判明した。浜に打ち上げられたザトウクジラだった。堂々たるその死骸は十メートル近くもありそうだ。
男は、もの言わぬ巨体に畏怖した。
その時、大気が震え、彼方からくぐもった雷鳴のような音が聞こえてきた。
男は海に目を向けた。
水平線の彼方に、雲の切れ間からゆっくりと落下してゆく幾筋もの光が見えた。
神々しいほどに非現実的な光景に見惚れながら、男は思った。
あれは多分、天使だ。
きっと地球に焼け落ちてきた天使たちだ。
美しい天使の死に様に心奪われながら立ち尽くす男は、同時に残酷さを感じていた。
自分にできることは何もない。ただ茫然と見守るだけだ。
男の耳に届く雷鳴は、その音量を徐々に上げ続けており、今では、耳を聾せんばかりになっていた。
轟音と言ってもいいほどに。
あらゆる物から影と色彩が消えるひと時。
黄緑色と灰色、その中間のようなモノトーンの世界。
一日二十四時間の中に、わずか二十分程度しかない不思議な時間帯。
男は海岸を歩いていた。
打ち寄せる波の音以外は何も聞こえない。
軍用コートを着込み、背中を丸めながら歩く男のシルエットは寒々しく、どこか寂し気に見える。
ミリタリーブーツの靴底がスタンプのように、湿った砂の上に幾何学模様を残してゆく。背後に規則正しく続く足跡は、すでに男がかなりの距離を歩いてきたことを物語る。
海岸に沿って道路が走っているが、そこを行き来する車の姿は、さっきから全く見かけていない。
歩きながら男は思った。
自分は、なぜこんな所を歩いているのか。
一体どこへ向かっているのか。
やがて、湾曲した海岸線の遥か先に街明かりが見えてきた。
波の音しか聞こえない静寂の中、世界に自分だけが取り残されてしまったかのような、そんな孤独を感じながら歩き続ける男にとって、他者の存在を知らせるその明かりは、どんなに小さく弱々しくとも、勇気を奮い起こさせてくれる希望だった。
とっくに体力を使い果たしているはずの男だが、その足取りは衰えない。
疲労困憊していても、決して折れない心を持っている。
男はかつて、そうした訓練を受けてきたのだから。
男は歩き続けた。
不思議なことに、いくら歩いても街明かりは一向に近づく気配がない。
男はかすかに不安を感じた。
果たして、あの町に辿り着けるのだろうか。
そもそも、あれは本当に町なのか。
夕陽が沈んでから、もう随分と時間が経つはずだ。それなのに辺りは今も薄明りに包まれているのはなぜだろう。
しばらくすると、波打ち際に横たわる黒い物体が見えてきた。
徐々に近づくにつれて、それが思ったよりも大きいことが分かった。
物体までの距離が五十メートル程になって、とうとうその正体が判明した。浜に打ち上げられたザトウクジラだった。堂々たるその死骸は十メートル近くもありそうだ。
男は、もの言わぬ巨体に畏怖した。
その時、大気が震え、彼方からくぐもった雷鳴のような音が聞こえてきた。
男は海に目を向けた。
水平線の彼方に、雲の切れ間からゆっくりと落下してゆく幾筋もの光が見えた。
神々しいほどに非現実的な光景に見惚れながら、男は思った。
あれは多分、天使だ。
きっと地球に焼け落ちてきた天使たちだ。
美しい天使の死に様に心奪われながら立ち尽くす男は、同時に残酷さを感じていた。
自分にできることは何もない。ただ茫然と見守るだけだ。
男の耳に届く雷鳴は、その音量を徐々に上げ続けており、今では、耳を聾せんばかりになっていた。
轟音と言ってもいいほどに。