(ヤバッ)
 康平は両腕で顔を覆った。
 二人を思うだけで、胸が弾む。それ以上に切なくなる。今すぐに会いたくなる。
 三人だけで続けているラインには、昨日、勇也から『今日は撮影に出掛ける』と報告があった。
 雨なんて鬱陶しいだけなのに、「雨には雨のよさがある」と豪語する勇也だ。今頃、嬉々として出掛けているだろう。
 行き先は訊かなかったが、時々常識がきかない勇也だ。今頃一人で富士山に登っていても不思議ではない。逆に、近所にいる可能性もある。撮影のためなら、初めての道を平気で闊歩する男だ。
 康平は勇也の写真が好きだ。潔く、美しく、柔らかく、温かく、時に荒々しく……康平に世界は美しくもあり厳しくもあり、優しくもあり、誰にも気づかれなくても当然のように存在すると語っていた。
 言葉で「世界はこうだ」と教えられるだけなら、康平は鼻で笑っただろう。けれど、見せられたら納得するしかない。
 康平はソファから起き上がると、ベッドに向かった。
 ベッドヘッドの棚に置いたままのケータイを手に取る。
 一人は退屈で仕方がない。
 「ウチに来ないか」と勇也を誘いたいが、彼のライフワークを邪魔することだけはしたくない。
(勇也の夢はプロの写真家だからな)
 そうなると、今誘えるのは朱美だけなのだが、この散らかりようを見せたら面倒だ。
(呼ぶ呼ばない以前に声が聞きたい)
 たまらなく聞きたい。
 メールもラインもダメだ。文字だけでは相手を感じられない。
 生々しく繋がりたい。
 けれど、そのためだけに電話をしたくない。
 繋がりたいが、弱い自分を見せたくない。弱い自分を知られたくない。
 勇也は肝心なところで無神経であり、深く物事を考えない直感タイプだ。弱さを見せても弱さだと気づかないから、平気で誘える。
 けれど、朱美は違う。
 朱美には康平の心がわかるのだ。
 温もりや愛情、微笑み……。今まで不自由していた欲しいものを、朱美はねだる前に与えてくれる。康平の心の渇きを癒すように、与え続けてくれる。
 朱美に声を聞かせたら、康平が何を求めているか気づくだろう。
 そして、欲しいものをくれるだろう。
 もしかしたら、今度こそ虚勢を張るしか能がない臆病者な康平に愛想を尽かすかもしれない。
 朱美に失望されるのが恐い。
 だから、自分からは朱美を求められない。
 ジレンマが康平の心の渇きを加速させていく。
(やっぱり勇也に電話するか。撮影中なら電源切ってるだろうし。えっと、勇也の番号は)
 操作しかけたケータイが、けたたましい着信音とともに震えた。
 ビックリした康平は、危うくケータイを落としかけた。
 ディスプレイには公衆電話の表示。
 公衆電話からかけてくる知り合いはいない。間違い電話か。
「タイミング良すぎだろ!」
 ケータイにツッコミを入れると、音がしそうなほど脈打つ心臓を感じながら通話ボタンをスライドさせた。