康平は物質面に恵まれた環境で育った。
そして、物質以外に恵まれなかった。
今、康平が住む四〇畳のワンルームマンションは、祖父母が与えたものだ。
母は恋や愛を知らずに長男の康平を生んだ。子供が出来にくい体と診断されたため、祖父母の説得により堕胎をやめたのだと聞いている。
母は康平の父親が誰かわからずに生んだ。
金持ちの祖父母が言うには、母は若い頃、両親からの多額の小遣いで遊び回っていたそうだ。一人の男と長く付き合うことはなく、同時期に複数の男と関係を持つこともあったという。一夜限りで連絡先を知らない男も多くいたらしい。DNA鑑定したところで、連絡がつかない相手もいるのだから、孕ませた相手を特定できるとはかぎらない状態だった。
愛があって生まれたわけではない康平に、母は愛情を注ぐことができなかった。
そうして康平は育った。
祖父母は康平を幼稚園に通いだした頃まで可愛がった。
だが、母が一人の男を見初めて結婚し、二人の間に男の子が生まれた時、祖父母の態度は一変した。康平に目もくれず、二人目の孫を溺愛したのだ。
母が最終的に選んだ男は、地位も名誉も金もある男だった。
祖父母は、康平に流れる誰ともわからない男の血を嫌った。醜い血は後継ぎに相応しくないと嫌った。
そして、祖父母も母も義父も、次男を康平に会わせなかった。
母と義父と祖父母は、康平を全寮制の小学校へ入学させた。
中学も全寮制だった。
このマンションは、高校への入学祝いとしてクレジットカードとともに祖父母から贈られたものだ。つまりは、金も住む場所もやるから帰ってくるなということだ。
入学当初、康平は仕切りのない部屋をだらしなく使っていた。すべての空間が寝室であり、キッチンであり、リビングだった。
すぐに部屋は汚くなった。
勇也と朱美がいなければ、今頃ゴミで部屋が埋め尽くされていただろう。
入学して一週間くらいした頃。何を思ったのか、勇也が康平に付きまといだし、ほどなくそこに勇也の幼馴染で友人という朱美が加わった。
この部屋に初めて二人を入れたのが、出会いから三か月後くらい。入れたというより、強引に入り込まれた感じだったが……。
ベッドとソファとテレビ回り以外がゴミ溜めとなった部屋を見た朱美は、康平の家庭事業を知るなり、
「どれだけ使っても入金してくれるなら、遠慮せずに使いましょう」
と、張り張りきった。
勇也は、
「一度でいいから、残高を気にせずに買い物してみたかったんだよね」
と、調子に乗った。
二人は二週かけ、ここを雑誌に載りそうな一人暮らしの部屋へと変貌させた。
フローリングの白っぽい木目がはえるようにと、二人は必要な物をモノトーンで揃えるというこだわりまで見せたのだ。
部屋の奥にはベッドと勉強机が配置された。入り口近くのシステムキッチンには、四人掛けのテーブルが置かれ、残りの空間がリビングもどきに変身した。
とはいえ、勇也と朱美が通わなければゴミが散らばり、昔と大差ない部屋となる。
(掃除しなくても生きてけるからなぁ)
喉の渇きを牛乳で潤し、一枚だけ残っていた食パンで空腹を少しだけ和らげた康平は、ソファに座るとテレビ雑誌の番組欄を開いた。新聞は取っていない。
今放送されている番組を一通り確認したものの、テレビ番組は天気予報以外BGMな康平は興味をそそる番組は一つもなかった。
雑誌をテーブルに投げるように置くと、康平は倒れるように横になった。
しなければならないことは、山のようにある。
洗濯物が溜まっている。
冷蔵庫はほぼ空だ。
菓子もレトルト食品もインスタント食品も底をついた。
夏休み明けに提出しなければならない課題が、半分近く残っている。
部屋中にゴミが散乱している。朱美が来るまでにまとめておかないと、いつも通り小言を言われるだろう。
けれど、やる気が起きない。
(一人だとやる気が起きねぇんだよ)
一人なら、汚くても平気だ。
一人だと、かったるくて動きたくない。
二人がいれば……どちらかでもいてくれれば、「仕方ねぇなぁ」と言いつつ、結構楽しく掃除ができたりするから不思議だ。
本気で思う。
朱美と勇也がいれば、それでいい。
どちらかがいれば、ちゃんと生きている。
どちらかがいれば、時間は早く楽しく過ぎていく。
どちらもいれば、時間は瞬く間に過ぎてしまう。
あの二人は最強だ。
どちらも自分の考えをしっかりと持っていて、しかも図太い。
元々、康平は勇也に一目置いていた。誰とでも仲良くしながら、誰ともつるまない。不思議な存在だった。
そこに朱美が加わった。
強烈だった。逆らう康平を無視して、二人はしたいように動いた。