「一家に一人アイツがいたら、うるさくて仕方がないよな。学校でも家でも疲れて、休めるのはアイツが寝てるときと風呂入ってるときだけ。マジ最悪」
 動こうとしない朱美に、康平は軽口を叩いた。
「お前はどう思う?」
「もし、勇くんが売られてたら? そしたら、康平くんは文句を並べながらも絶対に買うと思う」
 朱美は青白い顔で康平を見上げた。
 右手を左手で包んだ朱美が、辛そうに目を伏せた。
「勇くん、どうしちゃったんだろう。今日の勇くん、なんか変だった」
「朱美も気づいてたんだ」
「……うん。それに、お皿渡した時、勇くんの指に触れたの。とても冷たかった」
 朱美の声が震えた。肩も震えている。
「えっ?」
 康平は目を見張った。
「引き止めればよかったのかな。まだ具合悪かったのかも」
「あいつが大丈夫って言うなら大丈夫だろ。 本当に具合が悪かったら、あんなに食うかよ。それに、あれだけ元気に出てったんだ。大したことないって」
 強がりでしかない。けれど、朱美を少しでも元気つけたくて、康平は努めて明るく振舞った。
「そうだよね」
 朱美が顔を上げた。ホッとしたように微笑む。
「それより俺、腹減ったんだけど」
「遅い昼食をあんなに食べて?」
「お前らが相手だと、カロリーの消費量がハンパないんだよ」
「ムカツク」
 そんなことを優しい眼差しで朱美に言われても、康平はまったく腹が立たなかった。
(出会った頃ならキレてたな)
 ちょっとしたことで康平がキレと、勇也が「挑発したのは康平だから、康平が悪い」とクドクド言い続けるのだ。最初は無視をしていた。だが、繰り返されるあまりのしつこさに康平は徐々に折れ、今に至る。
「今度は俺の好きなもん作ってくれるんだろ?」
「アタシの好物を作ります」
 朱美は楽しそうに言い切ると、先に部屋へ戻りだした。
 朱美の後ろ姿を見つめながら、康平は全身の力を抜いた。
 振り返り、玄関のドアを見つめる。
 朱美には「大丈夫だ」と言ったものの……。
(勇也のヤツ、大丈夫だよな?)
 自分の言葉に自信が持てなかった。