窓の向こう。鉛色の雲の隙間から、神々しい陽光が柱のように所々に差し込んでいた。
(いつもの勇也なら、ここで「絶好のシャッターチャンス」とか言って、ベランダに張りつくか、とっとと出掛けてるよな)
 ずっと違和感があった。何かが違う。いつもの勇也だけれど、いつもらしくない。
(カメラがないだけなのに)
 いや、カメラがないことが問題なのだ。カメラを持たない勇也とプライベートを過ごすのはこれが初めてだ。
(けど、そんだけか? たったそんだけで不安になるか?)
 自問しても答えは出ない。
 答えが出ないから不安は消えない。
「そんじゃ、もう行くね」
 玄関へ向かう勇也に、朱美と康平もついていった。
 勇也は腰を下ろすと、バスケットシューズを履いた。
「勇くん。忘れ物はない?」
 いつになく落ち着かない朱美に、
「大丈夫」
 勇也は笑顔を向けて立ち上がった。
「あっ、そうだ」
 勇也は靴を脱ごうとして止まった。
「康平、悪いんだけどさ」
「なんだよ」
 康平は態と面倒臭そうに答えた。本当は頼られて嬉しいが、顔に出した途端、からかわれるに決っている。
「捨てる服、ビニールに入れて洗面台の横に置いてあるから持ってきてくれる?」
「捨てるんなら荷物になるだけだろ。こっちで捨てとく」
「いいよ。持ってく」
「お前、タダ飯を平気で食っといて、今さら他人行儀はないだろ」
「いいから持ってきて」
 勇也が苛立つように口調を強くした。
「どうしたの? 勇ちゃん」
 いつもは穏やかでマイペースな勇也の見せたことがない姿に、朱美が戸惑った。
「何ムキになってんの?」
 康平は平然を装って尋ねた。
(やっぱり変だ)
 不安が確信へと変わった。付き合いは短いが濃厚で深い。だからわかる。
「……ゴメン。ちょっと、色々あってカリカリしてた。すぐに捨てといて」
 勇也が力をなくしたように弱々しく笑った。
「わかった。そんで、その色々っ何?」
 康平は両手を腰に当て、知る権利を態度で主張した。
「困ったことがあるなら、なんでも力になるからね!」
 朱美は勇也に詰めよった。
 勇也は小さく唸った。
「じゃあ、朱美ちゃんにお願い。僕の分まで康平のおもりをヨロシクね」
 勇也は茶化すとドアを開けた。
「康平、朱美ちゃん、またね」
 勇也が顔の横で手を振った。
「気をつけてね」
 朱美も手を振る。
 ドアが閉まるまで、勇也と朱美は手を振り続けた。