「雨もやんだし、そろそろ帰ろうかな」
 切り出したのは勇也だった。
 康平は壁の時計を見上げた。針は五時を少し越えていた。
「えっ? 夕ご飯食べてかないの?」
 朱美が慌てた。
「ちょっとね、用事があるんだ。朱美ちゃんはもう少し残ってくよね」
「うん。夕ご飯も作るつもりで買い物してきたから」
「今更だけど、なんか通い婚みたいだよね」
 意味深に笑う勇也に、朱美がキョトンとした。
 康平は片手で顔を覆った。
 遅れて、朱美が顔を真っ赤になって狼狽えた。
「違う! これはその……餌付け?」
 朱美が縋るように康平を見やった。
「知るかよっ」
 顔だけでなく、耳や首も赤くした康平は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
(勇也のヤツ、帰り際まで俺をからかうか)
 二人と一緒にいるようになってから、康平は自分がマゾではないかと思うことが増えた。からかわれるのが嬉しいのだ。構ってもらえることが、恥ずかしい一方で堪らない喜びとなる。
 そんな自分はイカレてると思う。
 けれど、イカレていることが嬉しいのだから仕方がない。